社長宅の住み込みお掃除係に任命されました
社長秘書代理
 6月1日(月)

昨日まで(株)ウィンツーの契約社員だった私は、今日から正社員に採用される。

コンコンコン……

「おはようございます。失礼します」

私は小声で形ばかりの挨拶をして、無人の社長室へと入る。

 そうしていつものように、手にした布巾で社長の大きな机と応接セットのテーブルを丁寧に拭き、社長室を整える。

 これは本来、社長秘書の仕事。だけど、社長秘書の相田さんは、1年前に結婚し、現在妊娠5ヶ月のため、健診や体調不良のため休みがち。だから、総務部に契約社員として勤めてた私に、社長秘書代理の仕事が回ってきた。

 初めは、他に正社員さんもいるし、私なんかでいいの!?って思ったけど、課長が
「他のやつはみんな忙しいんだ。一番、時間の
 都合を付けやすいのは、八代(やしろ)だろ?」
って言うから、私がやることになってしまった。

そりゃ、私の仕事は雑用が多いですから、急ぎの仕事とか、重大な責任のある仕事はほとんど回ってきませんけどっ!

 私が掃除を終えて、窓際の鉢植えに水をやっていると、ガチャッとドアの開く音がした。私は、慌てて振り返り、お辞儀をする。

「おはようございます」

私が頭を下げると、彼はニッと唇の端を少し上げていつもの笑みを浮かべる。

「おはよう。今日もよろしく」

 彼こそが、うちの社長、真田 泰彦(さなだ やすひこ)32歳、独身。社長秘書の相田さんとは大学時代の同級生で、ずっと付き合ってるらしいって噂があったんだけど、相田さんが昨年、別の人と結婚したことで、社長が振られたって噂に変わった。

 社長は、椅子に座るより早く、まずパソコンの電源を入れる。ジャケットの内ポケットからUSBメモリを取り出して机の上に置くと、ジャケットを脱ぎ広い机の端にそのまま無造作に置く。

 だから、私はじょうろを置いて、社長のジャケットを部屋の隅のポールハンガーへと掛ける。

 社長は、大学在学中にこの会社を立ち上げ、仲間と共にここまで大きくして、昨年、マザーズ上場を果たした。その発想力、決断力、行動力はとても素晴らしくて、私もこの会社に契約社員として来て以来、まるで神でも(あが)めるかのようにずっと尊敬して来た。社長秘書代理を務めるようになるまでは。

 身長180㎝の長身、清潔感ある黒髪の短髪、一見強面にも見えるイケメン。女性社員の多くが、相田さんさえいなければアタックするのにってずっと言ってた。

 もちろん、私だって、社長は文句なくかっこいいと思う。

 でもねぇ、知っちゃったのよ。社長の唯一と言っていい欠点。

 
< 2 / 10 >

この作品をシェア

pagetop