社長宅の住み込みお掃除係に任命されました
 私は、じょうろを持って、一礼すると、社長室を後にする。そして、そのまま給湯室に向かい、社長の好きなコーヒーを入れる。

うーん、いい香り。

 これは、私の実家から送ってもらったコーヒー豆。私の実家は、30年前から喫茶店を営んでいる。だから、私も門前の小僧さながらにコーヒーだけは、そこそこ上手に入れられる自信がある。

 もちろん、会社で来客用に買ってるコーヒー豆も高級でおいしいんだけど、私の好きなコーヒーを社長にも味わって欲しくて、初めてコーヒーを出す時にこっそりこの豆で出してみた。そしたら、社長がおいしいって言ってくれたから、それ以来、私が秘書代理をする日は、決まって私用(わたしよう)に置いてあるコーヒー豆で社長にコーヒーを入れることにしている。

 私がコーヒーを入れて社長室に戻ると、

はぁぁぁ……

と思わず、ため息が漏れた。

「社長!
 なんでこんな短時間でこうなるんですか!」

新入社員が社長に怒るなんて、普通はあり得ない。でも、こうでも言わないと、いや、ここまで言っても直らないんだから、仕方ない。

「別に、気にするほど散らかしてないだろ」

社長は、パソコンから目を離すことなく、答える。

「気にしますよ。
 大体、この机のどこに、
 このコーヒーを置けばいいんですか!?」

ついさっきまで何もなかったはずの大きな社長用の机の上には、たくさんの資料とタブレットやスマホが散乱している。

「コーヒーくらい、ほら、ここに置けるだろ」

社長は、資料をザッと押しやって、コーヒーのソーサーが置けるだけの小さなスペースを作った。

 社長の唯一の欠点はこれだ。

 社長は、行動力がありすぎるあまり、次々にいろんなことを始めるが、終わったものを全く片付けない。社長いわく、片付けてる時間がもったいないんだそうだ。

 私は、その隙間にコーヒーを置くと、一礼して、社長室を後にする。次の社長の予定は、10時の来客まで特にない。だから、私はスマホのアラームを9時40分にセットして、総務で自分の仕事をする。

 15分前に片付けを始めるのがベストなタイミングなのだ。30分前に片付けると、あの社長は来客までにまた散らかしてしまう。逆にそれより遅いと、あの散らかった机は、片付け終わらない。

 私は特に綺麗好きなわけじゃないけど、それでも社長に比べると、自分が潔癖なんじゃないかと思えてしまうほどだ。

 私はそんな風に、秘書代理の日は、自分が秘書代理なのか掃除係なのか分からない仕事をして1日を終える。

はぁ、疲れた。

さぁ! 銭湯で、汗と疲れを流して来よう。
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