その上司、俺様につき!
ポーンとエレベーターの扉の閉まる音が、私しか人がいない孤独な廊下に虚しく響く。
(わ、私のせいで……私の遅刻のせいで、全社員がスケジュールを狂わされている……)
『あ、社長も含め、お前待ち!』
ついさっき耳にしたおそろしいフレーズが、頭の中でグワングワンこだまする。
社長挨拶があるから何があっても遅刻だけはするなと、耳にタコができるほど聞かされた大事な日に……。
新たに配属される凄腕の役員に、ここぞと能力をアピールせねばと、決意に燃えていた大切なスタートの日に……。
そしてその人に、内容はともあれ、面談第1号として名誉ある抜擢を受けた、その重要な日に……!
あのクソ残念なイケメン野郎のせいで、私の今後のキャリアプランが、これからの人生計画が、栄えある未来が、全部パアになってしまったではないか!
(も、燃え尽きたぜ……真っ白にな……)
「K・O!」とレフェリーが試合終了を告げる声が聞こえた。
これは幻聴でしょうか、神様?
全社員を待たせているという、今までにないプレッシャー。
焦りと緊張からくる震えのせいで、制服のブラウスのボタンが中々とめられなかった。
でもなんとか急いで支度を済ませ、9時20分ジャストに私は会議室Hのドアの前に立つことができた。
朝からの出来事を全て鑑みれば、個人的には普及点をいただきたい気持ちでいっぱいだけれど、遅刻は遅刻。
私は言い訳ができる立場にない。
(凄腕役員か……女性だといいな……)
女性ならまだ、うがった見方をせずにフェアに判断を下してくれそうだ。
ふう、と大きく深呼吸をしてから、意を決して扉をノックする。
「……どうぞ」
(あー……やっぱり男の人か……)
そうだろうとは大方予測していたけれど、落胆は隠せない。
がっかりした気持ちで、私は俯きドアを開いた。
「失礼しまーす……」
目線を下に向けたまま部屋に入り、静かにノブから手を離す。
ドアの真横に置かれたもの言わぬ観葉植物を見て、私も植物に生まれていたらどれだけ楽だったろうかと、プチ現実逃避をしてしまった。
会議室Hは部内の打ち合わせで使われることが多く、部屋の中央に大きな丸テーブルが設置してある。
設備は他に、ホワイトボードとプロジェクター、スクリーン程度。
広さにして約14㎡。最大収容人数は6人。
以下、会議室Kまで同様の造りになっている。
(こんなところで面談だなんて……)
通常は会議室CからGまでの大きめの部屋で、ガランとした空気の中行われるものなのに。
嫌々歩みを前に進め、ゆっくり顔をあげると―――。
「……やはり君だったのか」
「なんで、あんたがここに……!」
―――そこには、ありえない人物が立っていた。
「人違いかと思ったが、間違いではなかったんだな。まあ、いい。今朝は失礼した」
目の前で腕を組んで、私を上から下まで値踏みするように見ている男。
「遠藤、遙さんだね」
完全に人を見下した態度で、私に向き合っているこの男。
唇がわなわなと震え出す。
(誰か……誰かこれは夢だと言って!!)
< 12 / 98 >

この作品をシェア

pagetop