その上司、俺様につき!
忘れようとしても記憶に鮮やかに焼き付いてしまった、残念なクソイケメン野郎。
今朝、私の貴重な時間を奪いに奪った張本人が、今まさに私の目の前に同じ会社の人間として立っているなんて!
(ありえない……!)
頭がクラクラしてきた。
私の性格が今よりもっと気弱で、繊細だったなら。
今頃私は悲劇のヒロインよろしく、気を失って倒れていたに違いなかった。
「私は、本日付で人事部に配属された久喜善人(くき よしひと)だ。今月来月いっぱいで全社員と1人1人面談し、人材をその能力にふさわしいポジションに再配置する」
(久喜、善人……人事部……ポジション……)
脳内にポンポン放り込まれる単語を、私はただ繰り返すだけで精一杯だった。
「……ひとまず、人事が一通り落ち着くまで、適材適所。それが私の仕事になる」
「はあ……」
私のおおよそ理解しているとは言い難い間抜けな返答に、久喜善人はあからさまに嫌そうな顔を浮かべる。
「……で、だ」
しかし、気を取り直すようにコホンと咳払いをすると、急に凛とした表情になり、射抜く強さで私を見つめてきた。
「まずは君のポジションから、決めさせてもらおうと思ってね」
「……は、はい」
(異動勧告、現状維持、はたまたクビ……。お願いです、神様! どうかクビだけはご勘弁ください!)
私は心の中で両手を組むと、神様に懇願する。
背中はすでに冷や汗が流れ始めていた。
「遠藤遙。年齢28歳、勤続年数6年。うち、4年は営業部、2年は総務部」
私の経歴を読み上げながら、スラリとした体躯がこちらに向かってくる。
「家族構成は両親と3つ年上の兄、2つ年下の弟。父親は電化製品のメーカー勤務で、母親は専業主婦」
会社用に履いている黒いパンプスは、歩きやすさを優先して買ったから、ヒールが3センチしかない。
面と向かってまともに対峙すると、長身からくる威圧感が半端なかった。
「は、はい? それが何か? か、家族構成って仕事に関係ありましたっけ!?」
(これ以上近づいたら、セクハラかつ個人情報の不正取得で訴えてやる!)
私は両肩をギュッと内側に縮こまらせると、迫り来る久喜善人から身を護ろうと身構える。
ビクッと体を強張らせ、これから何が起きるのか待ち構えていたら―――。
「遠藤遙。本日付で君を、私の補佐役に任命する」
「はあ?」
たとえ天と地がひっくり返ったとしても、まだまともに応対できたと思う。
「ほ、さ……役?」
惚けたように、たった今聞いた言葉を繰り返すことしかできなかった。
(補佐役……って私、今日から人事部に配属される、ってこと?)
じわじわと体に実感が広がる。
「な、なんで私なんですか……?」
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