その上司、俺様につき!
「そうだ。君がどこの部署を希望しようが、社員として給与の分だけ真っ当に働いてくれれば、基本的に他は興味がない」
「……ちょ、久喜さん!」
いつも久喜さんの話はぶっ飛んでいると言うか、先が予測できない内容なので、最後まで聞かないと何が言いたいのかわからない。
でも、この発言には明らかに悪意がある気がして、耐え切れずに2人の会話に割って入ってしまった。
「だが―――」
しかし、久喜さんは鮮やかに私を無視すると、突然饒舌に語り出した。
「私は仕事に対するモチベーションほど、かけがえのないものはないと信じている。それがある限り、人は多少の犠牲を払ってでも、会社に尽くすことができる」
さっきまでの冷たい雰囲気はどこへやら。
聞いているこちらの体温も、彼の熱に引きずられて急上昇するような勢いだった。
「考えてもみてくれ! 君が会社で働き、給料を得ると言うことは、君は会社に自分の貴重な時間を売っているということでもあるんだ!」
「確かに……!」
「せっかく売るなら、いやいや売るより気持ちよく売ってくれた方が、会社側だって喜ぶだろう?」
飯田君は、食い入るような表情で久喜さんの熱弁に耳を傾けている。
「君がもし、本気でやりたいことがあるなら、私は全力で応援したいと思っている」
「久喜さん……!」
イスから腰を上げてガッと身を前に乗り出し、テーブルの上で拳を強く握りしめると、飯田君が振り絞るように思いの丈を口にした。
「俺、営業には向いてないと思うんです! でも、こんな俺にも周りが期待してくれるから、それに応えたいって思って、それだけでずっとやってきましたけど……」
様々な記憶が思い出されるのか、辛そうに顔を歪めている。
「でも、取引先の挨拶回りとか接待とか、いつも本当は凄い苦痛で……」
「他の部署の方が向いているじゃないか、と思うわけだね」
「はい! 俺、会社の外の人に働きかけるよりも、社内の人をサポートする方が、自分には向いていると思うんです」
飯田君が大きく頷いた。
「君は職務で人と関わり合いを持ちたいが、関わる人数は限定していたいんだな」
(……事前に資料を読んでいたとは言え、初対面でここまで本質を見抜くなんて)
ますます、久喜善人と言う人がどんな人間なのかわからなくなる。
疑問と謎は深まるばかりだ。
「でも……特別な資格を持っているわけでもないし、技術があるわけでもないし」
後半に向うにつれ、どんどんしりすぼみになる飯田君の声。
(……それは私だって同じだわ)
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