その上司、俺様につき!
通勤の電車の中でも窓に映る自分を見ては、メイクに見落としがないか何度も確認した。
目元を強調しすぎるといつも「睨まれているようで怖い」と言われてしまうため、薄すぎず濃すぎずを心がけたつもりだ。
幸い、毎朝通勤に使っている道に大きな水たまりはない。
注意して歩けば、靴も汚さずに1日過ごせるだろう。
(よし、まずは手始めに営業部のクソ上司達。そして、私の理不尽な異動に加担した人事部の担当者を、絶対に、絶対に見返してやるんだから!)
熱く燃える闘志にグッと拳を握った時、視界に突然、黒い塊が現れた。
「―――っ!?」
そして、その塊が車であると認識する頃にはもう、黒い金属の箱は目前に迫っていた。
(ひ、轢かれる!!)
咄嗟にぎゅっと目を閉じた私の耳に、キキーッ!と耳障りなタイヤ音が飛び込んでくる。
そしてバシャーッという轟音とともに、スカートに生暖かい感触が広がった。
(こ、これは……まさか……!)
恐る恐る目を開くと、免許を持っていない私がその名前を知っているくらい、超有名な高級車が目と鼻の先に停まっている。
そして恐る恐る目線を下げると、私のお気に入りのミントグリーンのワンピースに生暖かさの正体があった。
……下半身だけ水しぶきの形に、見事な泥色、見事な泥ハネ。
予想だにしなかったいきなりの出来事に、心臓がバクバクと脈打っていた。
(な……何……? 一体、何が起きているの……?)
周囲の人も私に声はかけない。
声こそかけないが、心配そうな視線が360度すべての方向から体に突き刺さっているのを感じる。
呆気に取られたまま言葉もなく立ち尽くしていると、ガチャッと目の前で件の高級車のドアが開いた。
これから何が起きるのかと、周りの人も私も、固唾を飲んで見守った。
すると、ドラマや映画のワンシーンのように、サングラスをかけた長身の男性がさらりと車から降り立つ。
(な、なんと……!)
165センチの私がヒールを履いても見上げるくらいの高さ。
180センチはあるだろうか。
日本人らしからぬ、すらりと足の長い体躯。
漆黒の髪は短めに切り揃えられ、清潔感にあふれていた。
身に着けているスーツは会社の上役達が自慢してくるものと同じ質、もしくはそれ以上だ。
手元にはブランド物の腕時計。
革靴はピッカピカに磨かれていて、手入れの良さが窺える。
不本意ながら、私は思わず彼にぼーっと見惚れてしまった。
サングラスをかけているというのに、全身から醸し出されるこのイケメン感はなんだろう!
こんな人、今まで私の周囲に1人もいなかった!
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