その上司、俺様につき!
(……きっと私の考えすぎよね)
そろそろ店内には、閉店のムードが漂ってきている。
ドリンクとメニューのラストオーダーを聞きに店員がテーブルまでやって来たが、もう帰るからと2人揃って腰を上げた。
悠長にしていると終電を逃してしまう時間だ。
「……今日はありがとうな」
立ち上がりながら、飯田君が私にお礼を言う。
「そんな! 止めてよ。むしろ、私の方がお礼言わなきゃいけない立場なのに……!」
コートを羽織りながら返事をした。
「いや、でも、ずっとお前には俺が総務を希望してること、伝えなきゃって思ってたからさ」
そう言って、飯田君は少しばつが悪そうに笑う。
「だったらもっと早く、普通に相談してくれればよかったのに!」
今までのシリアスな空気を逆手に取るように、私は彼を茶化した。
「そうすれば、面談の時も協力できたかもしれないじゃん~!」
「いや……うん、だよな」
照れのような戸惑いのような、複雑な面持ちで彼が頷く。
話しながら慌ただしく帰り支度を済ませると、一緒に小走りでレジに向かった。
「ここは俺が出しとくから」
突然、飯田君が私に店を出るように促した。
いつもは基本的に割り勘なのに、一体どうしたことだろう。
「え、いいよ。いつも通り、私も出すよ?」
バックから財布を出すと、彼の隣に並んで待機する。
店員が商品名を1つ1つ読み上げ、惚れ惚れするスピードで価格をレジに打ち込んでいく。
「いや、今日は俺が出したい気分なんだ。大した額じゃないけど、奢るよ」
小さな声だったが、はっきりと強い意志が感じられた。
……彼なりに何か思うところがあるのだろうか。
(決意表明みたいなものかな?)
せっかく奢ってくれるというのに、頑なに固辞するのもなんだかおかしな話だ。
「じゃあ、次は私が奢るからね。ありがと!」
私は店員に「ごちそうさまでした」と軽く会釈をしてから店の外に出ると、バッグを肩にかけて大きく伸びをした。
地下街の閉塞的な空気の中だというのに、自分でもよくわからないけれど、清々しい気持ちが全身に広がる。
「はあ……」
これは、酔いの心地よさからくるものなのか、それとも、ただただ心が晴れやかなのか。
「……よし!」
明日も仕事だ。
(私も、やれるだけやってみよう!)
飯田君の仕事への情熱に触発され、久喜さんのスマートな仕事ぶりに影響され。
久々に前向きな気持ちで職場に向かえそうだった。
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