その上司、俺様につき!
普通、人の調子が気になる時は、直接質問するのが筋だと思う。
声をかけるまでもない、もしくは、相手に気づかれないように様子を窺うなら、チラチラ盗み見るとか、バレないように影からこっそり見守るとか、やり方はいくらでもあるはずだ。
これだけ私を見ているのだから、きっと何かあるのだろう。
そう信じて、
「何か……?」
と聞いても、
「いや、別に」
としか答えない。
そして、そのまましばらく視線を私に注ぎ続けるのだ。
(ほんっと、意味わかんない!)
空気を読まないにも程がある。
イケメンからの視線を全身に浴びて、緊張しないで平常心を保っていられる方法があるなら、ぜひ教えていただきたい。
そして、ただただ見つめるだけでも、圧倒的な威圧感と緊張を他人に与えているのだと、彼本人にも自覚してほしい。
全ての意識が、久喜さんの方向にばかり集中してしまう。
(これ以上見られたら、体の右側だけ筋肉痛になりそう……!)
腕時計を確認すると次の面談まで、あと10分ちょっとあった。
お手洗いにでも逃げて、気分転換しようと席を立つ。
私がガタッと立ち上がるとともに、久喜さんの目線もグッとあがる。
「―――っ!」
(いい加減、息が詰まっちゃう!)
「な、何か!?」
私は覚悟を決めて、久喜さんに直接尋ねた。
「……何か?とは、どういう意味だ」
しかし彼は、そんな言葉は初めて聞いた、とでも言いたげな表情。
「いや、さっきからずっと私のこと見ていませんでした!?」
「そうだな、しばらく君を見ていた。でもそれが一体、どうしたんだ?」
そしてまさかの開き直り!
脳裏に最悪の出会いだった、初対面のシーンがよぎる。
(ああ言えば、こう言う……)
見た目はイケメンだし仕事もできるのに、一体どうしてコミュニケーションだけが壊滅的にできないのだろう?
私は、今日も爽やかにネイビーのスーツを着こなしている久喜さんに、部下という立場ながらはっきりと物申した。
「用もないのにジロジロ見ないでください! 気が散りますので!」
「……仕事に支障が出ると?」
「そうです! 見られているって考えると、落ち着いて仕事ができないんですよ!」 
久喜さんは顎に手を当てて、何やら真剣に考え込んでいる。
「……そうか、それは済まなかった」
泥水バッシャー事件の時は、あれ程頑なに謝らなかったというのに、この件とあの事件との差は何なのか。
彼の中に「謝罪する」「謝罪しない」の明確なボーダーラインが、おそらくあるのだろう。
久喜さんの思考回路を読み解ける人がいたら、ぜひお会いしたいと思った。
努力や訓練だけでは乗り越えられない”壁”をひしひしと感じて、ガクッと気が抜けてしまう。
< 35 / 98 >

この作品をシェア

pagetop