その上司、俺様につき!
「それは良かった」
社長は背の低いテーブルを挟んで私のちょうど目の前に座ると、嬉しそうににっこりと口角を上げる。
「……ありがとうございます」
コーヒーを私にご馳走してくれたことはもちろん、体調を気遣ってわざわざ社長室に招いてくださったこと。
私は精一杯感謝の気持ちを込めて、深々と頭を下げた。
社長は眉唾かもと仰っていたけれど、なるほど確かに頭痛は和らいだ気がする。
「いやいやいや、君とは一度ゆっくり話をしたいと思っていたしね」
「私と……ですか?」
一体何事だろうと背筋をシャンと伸ばした時、ブーブーとくぐもった振動音が社長室に響いた。
「あ……すみません、私です」
サブバッグのスマホが着信を告げている。
慌てて確認すると、ディスプレイには人事マネージメント事業推進部の直通電話番号が表示されていた。
「久喜さん……」
「放っておきたまえ」
思わず心当たりの名前をつぶやいた私に、にべもなく社長が告げる。
「で、でも……」
「かまわん。あとで私から言っておく」
「……は、はい」
目の前で社のトップにそう断言されてしまったら、もう何も言えない。
私は何も見なかったことにして、震え続けるスマホをそっとサブバッグに仕舞う。
そうして改めて社長と向き合うと、初っ端からヘビーな質問を繰り出された。
「君は、今の部署に満足しているかね?」
「―――っ!」
それは、面談で何度も久喜さんが社員に確認してきた問いかけと同じだった。
思わず、ハッと息を呑んでしまう。
(この一ヶ月……今までにないスピードで、何もかもが変わっていった……)
部署の異動によって、仕事内容や人間関係までも大きく変化してしまった。
私はブーブーと鳴り続けるスマホの音をBGMに、短かったのか長かったのかわからない一ヶ月の出来事を思い出す。
面談で出会ったのは、同じ会社に勤めているというのに、顔すら見覚えのない社員がほとんどだった。
そんな彼らの職務に対する思いや現在の状況など、かなりコアでプライベートな部分に、補佐の立場とは言え、関わらせてもらうことができた。
仕事内容の改善を要求する人、今後の展望を熱く語る人、完全に仕事はお金のためだと割り切る人……。
目の前にいるこの人達はすべて、営業部時代・総務部時代ともに、直接的・間接的にお世話になった方々なんだと、改めて思い知らされた。
なんとなく知っていたようで、私は社内の実情を何もわかっていなかった。
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