パンデミック.新形コロナウイルス
地下のライブ空間と、7階の病棟を繋ぐこのエレベーターこそが、僕たちが死に抗うための唯一の架け橋だ。
7階のナースステーションで職員用エレベーターのパネルを操作する。通常、このエレベーターは病院の垂直移動にしか使われない。だが、僕が専用のキーを差し込み、特殊なパスコードを入力すると、エレベーターの箱自体が震え、物理的な壁を無視して「横」へスライドし始める。
「見て、エレベーターが動いてる……!」
院内学級の子供たちが目を輝かせる。横にせり出したその箱は、病院の棟と棟の隙間、いわば「死角」を突き抜けて、地下深くの聖域――デパートのフードコート裏へと直結する。
扉がゆっくりと開くと、そこは別世界だった。地上の殺菌された空気とは違う。野良猫の温もり、焼きたてのポップコーンの匂い、そして何より、生田絵梨花の歌声が全身を包み込む。
「いい子たちだ。思いっきり聴いて、思いっきり生きるんだぞ」
僕は子供たちの手を引き、ライブ会場の最前列へと誘導する。地上の誰も知らない。この病院の管理区域のさらに奥、横に動くエレベーターが運び込んだ子供たちが、今、死の影を振り払うために音楽の渦の中に飛び込んでいることを。
カルテには「心身の安定を図るための特別処置」とだけ書き残す。音楽が終わるまで、彼らは患者じゃない。ただの、光を浴びる子供たちだ。
僕は遠くでその様子を見守りながら、ポケットの中で小さく握りしめたキーを確かめる。音楽が終われば、またエレベーターは動き出し、彼らを現実という名の7階へ送り返さなければならない。それでもいい。今この瞬間の彼らの笑顔があれば、また明日の嘘を書き続けられる。
地下の反響音が、僕の胸を震わせる。さあ、僕たちの地下病院の夜は、まだまだ終わらない。
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