パンデミック.新形コロナウイルス
手術が無事に終わり、その夜のことだった。夜勤というわけではないのに、ニコルは私に寄り添うように病室へ残り、一緒に夜を明かしてくれた。
昼間に投与された全身麻酔の余韻と、意識の底で渦巻く興奮のせいで、夜になっても一睡も眠れなかった。寝台の上で眠れぬまま呟く私に、ニコルは嫌な顔ひとつせず、静かに耳を傾けてくれた。そして、これから自分が通う看護学校への道のりについて、ひとつひとつ丁寧に教えてくれたのだった。
病院を出て、最初の交差点を右に曲がり、しばらく歩いてから左へ折れる――。
いまの時代であれば、十代の少年にそんな具体的な通学路を教えたりはしないだろう。警戒されるか、あるいは気味悪がられて話を逸らされるのが関の山だ。しかし、当時のニコルは、そんな世間的な距離感を軽やかに飛び越えて、自分の世界へと続く道を私に教えてくれた。その無防備なまでの優しさが、胸の奥に深く染み入った。
全身麻酔がもたらした脳の狂いと、現実の私が抱いた純粋な好意。その二つは決して切り離されたものではなく、密接に結びついている。麻酔によって無意識の扉が開かれ、心が極限まで無防備になっていたからこそ、彼女の言葉や優しさは通常の何倍もの輝きを放って心に刻まれたのだ。
だからこそ、この独自の仮説に行き着く。
全身麻酔という人知を超えた技術は、ただ肉体の痛みを消し去るだけではない。それは人間の認知の境界を曖昧にし、脳の深部にまで深く干渉してしまう。あまりにも安易に、そして過剰にその麻酔の力を借りすぎれば、やがて人間の心や記憶のバランスそのものを狂わせてしまう――。
静まり返った病室の闇のなかで、私はそんな目に見えない人間の神秘と、脳の危ういメカニズムに思いを馳せていた。
昼間に投与された全身麻酔の余韻と、意識の底で渦巻く興奮のせいで、夜になっても一睡も眠れなかった。寝台の上で眠れぬまま呟く私に、ニコルは嫌な顔ひとつせず、静かに耳を傾けてくれた。そして、これから自分が通う看護学校への道のりについて、ひとつひとつ丁寧に教えてくれたのだった。
病院を出て、最初の交差点を右に曲がり、しばらく歩いてから左へ折れる――。
いまの時代であれば、十代の少年にそんな具体的な通学路を教えたりはしないだろう。警戒されるか、あるいは気味悪がられて話を逸らされるのが関の山だ。しかし、当時のニコルは、そんな世間的な距離感を軽やかに飛び越えて、自分の世界へと続く道を私に教えてくれた。その無防備なまでの優しさが、胸の奥に深く染み入った。
全身麻酔がもたらした脳の狂いと、現実の私が抱いた純粋な好意。その二つは決して切り離されたものではなく、密接に結びついている。麻酔によって無意識の扉が開かれ、心が極限まで無防備になっていたからこそ、彼女の言葉や優しさは通常の何倍もの輝きを放って心に刻まれたのだ。
だからこそ、この独自の仮説に行き着く。
全身麻酔という人知を超えた技術は、ただ肉体の痛みを消し去るだけではない。それは人間の認知の境界を曖昧にし、脳の深部にまで深く干渉してしまう。あまりにも安易に、そして過剰にその麻酔の力を借りすぎれば、やがて人間の心や記憶のバランスそのものを狂わせてしまう――。
静まり返った病室の闇のなかで、私はそんな目に見えない人間の神秘と、脳の危ういメカニズムに思いを馳せていた。