パンデミック.新形コロナウイルス
風俗店の待合室のソファに深く沈み込み、僕は声を上げて大泣きしていた。コロナ禍の重苦しい空気と、現実世界の孤独に押し潰されそうになっていたのだ。
「お客さん、いったいどうされたんですか……?」
店員が慌てた様子で声をかけてきたが、僕の姿を見るなり「あぁ、なつみちゃん目当てだろ? あと20分で入れるから、もうちょっと待ちな」と優しく(あるいは呆れたように)ティッシュを差し出してくれた。
やがて案内された部屋で、待っていた夏美は僕の赤く腫れた目を見て「お客さん、どうしたんですか……本当になんかあったんですか?」と、心底心配そうに眉をひそめた。
僕は堰を切ったように、心の鬱屈をぶちまけた。
「聞いてくれよ……病院じゃあかりが抗がん剤の治療で無菌室に入っちまったし、他の看護師たちも激務で全然構ってもらえない。それに現実の世界じゃ、コロナになってからというもの、街を歩いても女の人となんて全然会えないし、誰にも相手にされないんだよ……!」
目の前でそう言いながら、僕は子供のように泣きじゃくった。
すると、夏美は優しく微笑み、静かな声で言った。
「目が悪いと、確かに色々と大変ですよね……でもね、目が悪いと見えない分、耳で、声だけで色んなことが感じ取れるんです。私がミズノのコマーシャルの人や、他の看護師さんに似てる声だってことがわかるし、それに……目で見てすぐ答えが出ちゃう世界よりも、見えないからこそ分かり合えることもあるって、私は思いますよ」
そのあまりにも温かく、包み込むような言葉に、僕は深い感動を覚えて胸が熱くなった。
「今日は本当に暑いなあ……そういえば、夏に生まれたから『なつみ』って名前なんだよね。本当に、いい名前だなぁ……」
僕がそう呟くと、夏美は少し照れくさそうに笑った。
世間ではコロナ禍のピリピリとした自粛ムードが蔓延していたが、そんなものはこの部屋には関係なかった。その日も僕らは、彼女の唾液や、さっき彼女が戻してしまったものを袋に入れて大切に分け合い、それを互いの食べ物に混ぜてシェアした。
風俗店の片隅で、コーヒーを飲み、パンをちぎり合いながら口移しで分け合う。夏美が口に入れたものをそのまま受け取るという、世間一般から見れば最低最悪の、救いようのない行為。けれど、孤独と絶望にまみれた僕にとって、それこそが生きている実感を得られる唯一の救いだった。
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