パンデミック.新形コロナウイルス
テレビ画面から流れてくる、放射線によって引き起こされる白血病や原爆の悲惨な実態についての解説。その言葉を聞いた瞬間、あかりの身体がびくりと震えた。あかり自身もまた、光に怯え、身体のどこかで病と向き合いながら生きている。同じ「放射線」という見えない恐怖に苦しむ病としての重なりを感じたのだろう、あかりの瞳から大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
「戦争っていうのが……こんなに怖いことだったんだ……」
震える声であかりがそう呟いた。
僕はその小さな肩をそっと抱き寄せ、「そうだよね……」と返すのがやっとだった。
戦争を知らない若い世代に、この恐怖や痛みを言葉だけで伝えても、どうしても実感がわかないと言われてしまうことがある。
テレビ画面の向こうでは、お年寄りたちが「原爆なんて、こんなものもう二度と持たない方がいいに決まっている」と涙ながらに訴えている。一方で、世の中には「でも、もし他の国に仕返しされたり攻められたりしたら怖いから、自分たちも持つべきだ」と主張する若い人だだってもちろんいる。どちらの言い分も分からないわけではないけれど、個人的には、やっぱりもうこんなものは地球上に持たない方がいいと強く思う。
けれど、こういう問題になると、どうしても世代間の溝が立ちはだかる。
まるで、あのコロナ禍を境にして世界が変わってしまったことと同じように。
コロナの時代を経て生まれた若い子たちと、かつてを生き抜いた僕ら世代とでは、感覚の根っこが違う。分かり合おうとしても、どうしても埋められない壁がある。
たとえば、コロナの前は、電車のなかで見知らぬ人同士が何気なく言葉を交わしたり、世間話をしたりするのが当たり前の光景だった。でも、今の電車は驚くほど静かで、誰もが他者との間に見えない壁を作っている。それを「なんだか冷たくなったよね」と今の若い人に言ったところで、「それが普通だし、むしろ安心だし」と、ちっとも分かってもらえない。
時代が変わったと言われればそれまでだ。けれど、人との繋がりや温度感がすり替わっていくその「時代の流れ」に対して、僕の胸のうちはどうしても拭えない違和感で満たされていた。
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