〜トラブル〜 黒のムグンファ・声を取り戻す旅

 揺れるゴンドラで、ジョンが目を開けると、トラブルは両脇でゴンドラの手すりを(つか)み、ぶら下がっていた。

 ジョンは咄嗟に手を伸ばし、トラブルの腕を(つか)む。しかし、腰のベルトが皮フに食い込み、片手を伸ばすのが精一杯だった。

 トラブルは足を上げ、ゴンドラに乗り込んだ。すぐに3本のワイヤーを点検する。

 ジョンの位置から、昨日の首の傷が見えた。

 トラブルは腰の工具ベルトからメモと鉛筆を取り出して何かを書いた。そして、指をパチンと鳴らす。

 ソン・シム始め、その場にいるスタッフがトラブルに注目した。
 トラブルは見上げるソンに向かってメモを落とした。

 ソンが拾い、大声で読み上げる。

「3本のワイヤーは異常なし。絡まっているワイヤーを切り、ゴンドラを下に降ろす。準備室のマットを用意!」

 スタッフが慌ただしく動き出す。

 再び、頭上で指がパチンと鳴る。
 ソンが見上げると、すでにメモは落ちて来ていた。

「ワイヤーが切れたらブレーキをON。最大減速で。向かって左に飛び降ります」

「飛び降りる⁈」
「無茶だ」
「ハシゴとか、ないの?」

 メンバー達は取り乱している。

「倉庫に行っていたら、往復で15分は掛かってしまう」

 ソン・シムとスタッフは、すでにトラブルの指揮下だった。

 マットが到着し、落下予測地点に置かれた。トラブルは指をパチンと鳴らして、もっと左と、手で合図しスタッフが動かして、OKを出す。

 トラブルが指を鳴らした。今度はジョンに対してだ。

 ジョンは、指が鳴ったらトラブルが呼んでいる意味だと気付いた。

 トラブルは工具ベルトから電動カッターを取り出し、ベルトを切ると、指を差した。

「うん、分かった」

 ジョンは大人しく従い、トラブルは自由になったジョンをゴンドラの中央で足場向きに立たせ、両手で手すりに(つか)まらせる。

 ジェスチャーで《ワイヤー切る》《ゴンドラ落ちる》《マットに飛ぶ》と、説明した。

「分かった」

 トラブルは、いい子だと、口パクで言った。

 ゴンドラの扉を開けて、結束バンドで固定する。工具ベルトを腰から外し、下に投げ下ろした。

 足場に絡んだワイヤーを切る時、トラブルはゴンドラから身を乗り出したが、手が届かない。さらに、身を乗り出し、トラブルの片足が浮いた。

 ジョンがトラブルの腰を押さえると、トラブルは身を起こしてジョンを元の位置に押し戻した。
 ここにいて、と手で言い、今度はゴンドラの外側に左手でぶら下がり、右手でワイヤーを切り始める。

「切れるぞ!ブレーキの準備をしろ!」

 ソンが叫んだと同時にワイヤーは切れた。

 ゴンドラは前後に大きく揺れ、傾いたまま滑り落ち出した。
 
 トラブルはゴンドラ内部に飛び乗り、ジョンを抱きしめた。

 やはりプレーキの効きは悪く、3本のワイヤーは火花を散らして派手な音を立てる。

 トラブルはジョンの肩越しに落下地点を見つめる。

 ゴンドラが床にぶつかる直前、トラブルはジョンを抱いたまま、ゴンドラから飛び出した。

 飛び降りた2人が、マットに弾かれた瞬間、トラブルがジョンを押し戻した。

 ジョンはギリギリ、マットの端で止まる。
 目を見開き、放心状態で空中を見る。

 トラブルはマットの向こう側、コンクリートの床に叩きつけられた。苦痛な表情を浮かべ動かない。

 ゴンドラは大破した。

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