【完結】私に甘い眼鏡くん
電車はいつもより混んでいた。

どこの高校もテスト前で部活がなくなり、帰宅時間が早まっているのかと思いきや、サラリーマンの数が多い。

私たちは中ほどまで入り、吊革に掴まった。

座っているサラリーマンはうとうとと頭を上下させている。
ゆっくりと電車が動き出したこのタイミングで、私は勇気を振り絞る。


「あのさ、今更だけど連絡先交換してくれませんか」
「俺も今それ言おうとしてた」


今更だけど、と付け加えて笑う。
コードを読み取り追加ボタンを押したそのとき、ぐらっと電車が揺れる。


「わ、」
「っと」


何が起こったかわからなかった。気付いた時、私の体は東雲くんの腕の中。細いと思っていた彼の白い腕が、私の背中を支えるようにして回されている。
胸がドキンと鳴った。


「大丈夫か」
「ご、ごめん」


紅潮していく頬を隠すように俯く。
静まれ心臓。そんなに早く脈を打ったら周りに聞こえてしまう。


ていうか、ドキンって何!?


平然とした顔はできているのだろうか。とりあえず今、私は東雲くんと落ち着いてお話ができる状態にないことは確かだった。

私の混乱とは裏腹に、彼は至っていつも通りの真顔を貫いている。

双方が黙ったまま彼の最寄り駅に着くと、東雲くんは口を開いた。


「今日はありがとう。また明日」
「ばいばい」


片手だけあげた彼に手を振って返す。
東雲くんが電車を降りた瞬間、わかりやすく肩の力が抜けた。

メッセージアプリを起動して、newマークの付いている彼のアカウントをタップする。
フルネーム登録。ステメなし。
らしいな、と緩みかけた顔を引き締める。車内でニヤニヤなんてできない。

スマホを閉じて窓の外を見る。
いつもは目にも留めない夜景が、今日はなぜか煌めいて見えた。



その日の夜。
私は絶対にオールはしたくないので、むしろ早く寝たいので、急いで最終確認をする。
ひと段落ついて寝る支度をしていたとき、スマホにメッセージが入っていたことに気がついた。


『明日から頑張ろうな』


送り主は東雲くん。
予想だにしていなかった出来事に数秒硬直する。体温の急上昇も感じた。


『頑張ろう! おやすみ!』


という当たり障りのない文を何分もかけて考え、返信。
電気を暗くしてベッドに入っても、私の異変は収まらなかった。


むしろ電車が揺れたあの時のことが鮮明にフラッシュバックする。勝手に胸の鼓動は早くなり、頬も自分でわかるほどに紅潮している。


……仕方なく、もう少しだけ数式と向き合うことにした。

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