【完結】私に甘い眼鏡くん
その後二時間ほど勉強したところで、私たちは帰り支度を始めた。


「疲れた……」
「俺もここまで集中できたのは久々かも」


まだ教室には数人残っており、誰も手を動かし続けている。邪魔にならないよう、私たちは速やかに教室を出た。


「望月、駅まで徒歩だろ?」
「うん」
「じゃあ一緒に歩こう」
「……っ、うん!」


全く照れの一つもないお誘いだった。けれど、あの一人を愛する東雲くんが誘ってくれたことが嬉しくて、私はつい浮足立ってしまう。


「あれ、なんで私が歩きだって知ってるの?」
「新学期で浮かれていたお前にぶつかられたから」
「ごめんなさい······」
「冗談」


そういえばそんなこともあったなあ。あの時は本当に、名前と顔と理系ってことぐらいしか知らなかったのに、一緒に帰るほど仲良くなるなんて。
男子が苦手だった頃の自分が知ったら仰天だろうな。

校舎を出ると、真っ赤な夕日が沈みそうになっていた。結構遅い時間までいたのに、まだ沈んでいなかったのかと驚く。


「日出てるね。夏だね」
「夏だな」


いや、なんだこの会話。
自分でふっておいて返答に困る話題だったと反省する。


「望月の最寄りは〇〇だっだよな?」
「うん。その節は定期を拾っていただきありがとう。東雲くんは?」
「どうも。俺は××」
「あ、じゃあ自動改札あるとこだ」
「〇〇もあるだろ」
「あるけど△△ないから」
「確かに」


言葉が途切れ、なんとなく気まずいような雰囲気が漂う。
私たちはまだなんとなく溝があるように感じる。それはそうだろう、まだ話すようになってから日は浅いし、お互いのことをよく知らないのだから。

どうしたものかと考えを巡らせていると、頭上でカチャ、と眼鏡を直す音が聞こえた。


「悪いな、気遣わせて」
「え、なんで?」
「今、話題なくて困ったろ。俺昔から話が続かないつまらない奴って思われるから。自覚あるけど」
「いや、東雲くんはつまらない奴じゃないよ。私もっと東雲くんと話してみたい」
「‥‥‥そうか」


また眉間にしわが寄っている。
とっさに出た言葉だったけど、ちょっと重かったかな?
 
不安になったけど、でも本心だった。
東雲くんは確かにいつも真顔で、難しい顔しかしていないけれど、それは私との会話にきちんと向き合ってくれているから。とても誠実でやさしい人なのだ。

でもきっと、私がそう言っても、彼は受け入れてくれないのだろう。


「友達いないのは俺がほしいと思ってないからだ。でも」
「でも?」
「……ありがとな、望月」
「……う、うん?」


唐突な謝辞に戸惑う。

私だって、四月までは男の子がとっても苦手だった。それでも今克復しかけているのは、東雲くんの不器用な優しさに触れたからだと思っている。

ありがとうは私の方だ。

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