痛み無しには息ていけない
「あの話ですよね?大学で出来た同郷の頑張り屋の親友と交通事故に遭って、親友だけが亡くなったっていう。犯人は親友の元彼だったとかの」


話してたのか…、しかも犯人まで。
駄目だ、話した記憶がちっともない。


「その後から、交通事故に関する悪夢をずっと見続けてるって言ってたじゃないですか。だから他の傷も、きっと悪夢の時のなんだろうと思ってました。小川さんは物にあたる事があるし、悪夢でうなされて寝相で引っ掻いててもおかしくないかなと」


……驚いた。傷の理由まで把握されきっている。
吉田さんは、自らの頬を指でなぞる。


「今日増えてる、その頬の傷もそうなんでしょ?」

「…自分、夢と傷の話、吉田さんにしましたっけ?」

「しましたよ。初めて一緒に呑んだ時に」

「マジか…酔っ払って言ってたか……」


初めて一緒に呑んだ時、つまり“歓迎会”の時だ。
そうか…、話してたか……。何だか頭が痛くなる。
……だから吉田さん、両頬に涙が流れたような小さい引っ掻き傷が出来た時、“また見たのか”って言ってたのか。
あれは、“悪夢をまた見たのか”って意味だ。

それに気付くと同時に、一つの懸念が頭を過った。
自分が、事故の後から人を好きになれない話、ひょっとしたら吉田さんに話してたかもしれない。
人を好きになれないというか、人を想うのも想われるのも好意が気持ち悪いと感じてしまう事。
あの事は、誰にも知られたくない。特に吉田さんだけには、絶対に知られたくない。

苛立ちと不安でやりきれなくて、思い切り左腕を振り下ろし、近くの電柱を強打した。


「…ほら、また物にあたってる」

「でも、この傷があるからこそ、自分は疫病が絶対に悪化しない自信があるんすよね」

「だからオマエ、絶対にマスクしないのか」

「そうっす。……だいたい感染したらしたで、自分なんかさっさとくたばれば良いんすよ。死ぬ時は死ぬんだから。明日は来るって約束は無い」
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