痛み無しには息ていけない
そう。花奏があの事故で亡くなった時に、“明日が来るという約束は無い”と痛感した。
天災、戦争、事件、事故、寿命、病気……。命が途切れてしまう理由なんて、何処にだってゴロゴロと転がっている。
ましてや日本は、火山の噴火と地震、台風の通過と、天災に事欠かない地域なんだし。

実際、今もこの東京を中心に、原因不明の空気感染らしい、訳分かんない疫病が流行ってる。
この東京を中心に、毎日何人もの人々が病に倒れ、最悪の場合は死に至ってるじゃないか。

電柱にぶつけた左腕が痛い。
気持ち悪い。叫びたい。
止まらない。口が開く。
頬の引っ掻き傷が引き攣った。


「…うーん……。でも俺は少なくとも、小川さんが死んじゃったら悲しいですよ」


出掛かっていた声は止まり、思わず吉田さんを見る。
吉田さんは何事も無いように、いつもと同じように缶チューハイを啜っている。
その目がクルリと動いて、自分を見た。


「確かに明日が確実に来る約束は、何処にも無いです。小川さんも俺も、渡辺さんだって。今日のこの帰りだって、交通事故や通り魔に遭わないとは限らないですしね。でもまぁ、俺は小川さんが死ぬのは嫌です」

「…俺も、小川が死んだら、ちょっとやりきれないな」


ベンチに座ってた渡辺さんが腕を伸ばし、自分の頭をクシャッと軽く撫でる。
“だから、そんな悲しい事言うなよ”と言われてる気がした。


「…さて、そろそろ行くか。俺も笑一も、そろそろ終電だし」


座ってた渡辺さんが立ち上がり、尻の部分を軽く叩く。
腕時計を確認したら、日付が変わっていた。
吉田さんが渡辺さんに頷き、自分に微笑みかけてくる。


「それじゃあ、お疲れ様です。また明日」

「…お疲れ様っす」


“また明日”も来るんだろう。自分の目から涙が一筋零れて、頬の引っ掻き傷に染みた。
同時に、“歓迎会”で言っていた吉田さんの誕生日まで、あと一ヶ月だと気付いた。
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