痛み無しには息ていけない
あの頃の自分も、今と変わらず努力もせずに毎日をただ過ごしているだけで。
そんな自分がまだ、この世界で命を繋いで、息をしていて。
それよりも夢の為に将来の為に、色々と努力して頑張っていた花奏が、もう何処にも居ない。
それがもう、申し訳無さでどうしようもない。
どうして自分が生きているんだ?
どうして花奏が、もうこの世の何処にも居ないんだ?

そしてあの日から、自分は誰かを愛する事が出来ない。
愛されるのもしんどい。
どうも気持ち悪いのだ。
どろっとした、粘り気のある黒い何かに覆い尽くされる感じがして、息も苦しくなる。
誰かを好きになったとしても、そんな自分に嫌気がさし、否定して反吐が出る。
愛し合う好意も、気持ち悪い。
感情が伴わず、ただ快楽だけを追い求めてるなら、まだ理解出来るけど。
どろっとした、ネットリとした気持ち悪さに追いかけられる。

そんな自分には、“人として好き”という感情と言葉は、めちゃくちゃ便利で、そして狡い。
もし誰かから好意を伝えられたとしても、傷付けずにやんわりと断る事が出来る。
もし恋愛に好意的になれなくても、誰かを想う事を、自分に言い訳出来る。
頭の中に、花奏とは違う、一人の人物の顔が浮かんだ。
その人物に対する自分の感情は、一般的には恋愛的な“好き”なんだろうけど、どうしてもそれを認めたくはなかった。

そこまで考えて、やるせなさや苛立ちで、適当に手に取った物を投げる。
投げた物は有り難い事に、骨董品でも割れやすい物でもなく、ただの枕だった。
ボスンと音がする。頭に浮かんだ人物――吉田さんの顔が、一瞬だけ掻き消された。すぐに再び、浮かんでくる。
でも間違い無く言えるのは、自分は吉田さんが人間として心底好きなんだ。
涙が零れてくる。
左腕にいつもの無数の傷跡と、電柱にぶつけた痣が残っている。
それに加えて、今朝出来ていた両手首の引っ掻き傷と、いつかの頬の引っ掻き傷があった。
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