痛み無しには息ていけない
渡辺さんも優しい言葉をかけてくれる。
本当に有り難い、身に沁みる。
どんな事があっても、この二人を心底嫌いになる事は無いだろう――唐突だが、そんな事をしみじみと感じた。


「次のニュースです。東京都は、日本医科大学の研究により、都心部で流行る疫病が熱と湿度に弱いという事が判明したと発表しました」


ガラス窓越しに、そんな音声が聞こえてきた。
確認すると、休憩所のテレビは、都内の疫病について報道している。
発表によると、実はこの疫病は空気汚染が原因らしい。
渡辺さんがおもむろに口を開く。


「……今の聞こえた?」

「聞こえました。最近の疫病が、熱と湿度に弱いって」

「…それって、梅雨入りして、夏になったら弱体化するってことっすよね」

「……そういえば、雨の日の翌々日の発症者は少なかったですよね」


ようやく、この“原因不明・治療法不明”といわれてきた空気感染の疫病に、終わりが見えてきた。
空気汚染が原因なら、そりゃ空気感染もする筈だ。
それと同時に、“空気汚染が原因なら、名古屋や大阪といった大都市でも発生するおそれがあった筈”という可能性に気付き、薄ら寒い気までしてくる。
それが現実にならなくて、本当に良かった。

しかし、取り敢えずは原因は分かったし、間もなく梅雨入りしたら沈静化するだろう。
その事実に、喜びがジワジワとこみ上げてくる。
地味に長かったサッカーやイベントの自粛が終わる。
試食販売の派遣も復活するんじゃないかな?


「よっしゃー!サッカー観に行くぞー!!」

「良かったですねぇ」


ガッツポーズしたら、両腕の引っ掻き傷が痛んだが、ちっとも気にならなかった。
吉田さんがニッコリと微笑みかけてくる。
渡辺さんは、自分の頭をクシャッと撫でてきた。


「よし!それじゃその勢いで、残りの仕事も頑張るぞ!」


……一気に現実に引き戻された。
腕時計を確認すると、休憩時間が終わる時間だった。
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