痛み無しには息ていけない

~壱~

煙草の仕分けセンターでの休憩中、喫煙室で電子煙草を吸いながら、ガラス窓越しにテレビを観ていた。
半袖Tシャツから傷だらけの腕が伸びている。
いつかと同じ悪夢をみた今朝は、いつかと同じように無数の小さな引っ搔き傷が両腕に増えていた。
いつかの両手首の長い引っ掻き傷も、いつかの痣も残っている。
その中で一際目立つ、右腕の古い裂傷の痕。

今日は沙織は居ない。
遠距離恋愛中の彼氏に会いに行こうとして、静岡県内で疫病を発症し、地元の病院に収容されてから、復帰してきていなかった。
…もう2週間くらいになるかな?
一応、毎日連絡は遣り取りしてるものの、疫病の治療法についてはまだまだ不明な事も多く、自分の場合は周りに発症した例も居なかったので、復帰については全くの未知数だった。


「お疲れ様です」

「…あ、お疲れ様っす」


気付くと左手に缶コーヒーを持った吉田さんが喫煙室に入ってきていた。
やおら、自分の隣りの椅子に座る。
……ドキドキした気がしたけど、気付かないフリをする。
吉田さんは空いてる右手で、自身の左腕をポンポンと叩く。


「…また増えてますよね。痛くないですか?」

「……大丈夫っす」

「それなら良いけど…。無理しちゃ駄目ですよ?」


そう言って、にこっと微笑みかけてくる吉田さん。
ドキドキに気付かないフリは、出来なくなった。
無意識に口を開く。


「あの……」

「よぉ」

「あ、お疲れ様です」


自分が何かを言いかけたところで、喫煙室のドアが開き、渡辺さんが入ってくる。
……ってか自分、今何を言おうとしてた!?
図らずも口から想いが零れ落ちそうになり、やりきれなくて下を向く。
そんな事を想った自分に苛立った。気持ち悪い。
渡辺さんは自分の隣り、吉田さんとは反対側の椅子に座った。


「……小川、腕痛いなら、無理しないで言えよ」

「ありがとうございます、大丈夫っす」
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