不細工芸人と言われても

カホは、毛布にくるまったまま、ソファにちょこんとうずくまるようにして背をもたれてすわりこむ。

「…ちょっと苦手なんだ。」
「なにが?」
「雷。」
「ガキだな。」
俺は笑って、飲み物をテーブルに置く。

カホは、口をとがらせてプイッとする。
「仕方ないじゃない。トラウマなんだもん。」
「なんか、あったの?」
「小学生の時にね、近くに大きな雷が落ちて夜停電になったの。
福岡っていっても山の方の田舎だったから、真っ暗。
ちょうどお母さんは、お姉ちゃんの部活終わりで車で学校に迎えに行っていてね。私は一人で留守番してた。
結局お母さんとお姉ちゃんは、夜の山道の運転ができなくて学校に泊まったんだ。
お父さんはお医者さんだったから、当直でもともと帰ってこなかったし、私、一晩真っ暗なおうちで過ごしたんだけど、世界でたった一人ぼっちになった気分でずーっと泣いていたんだ。だから雷とか嵐は一番苦手。」

小学生のカホが、一人暗い部屋で泣いてるのを想像して、ちょっと切なくなる。
時間と場所をワープして俺がその場に行ってやりたいくらいだ。
でも、愛おしく思う。
家族構成とか、ちょっとしたカホのバックグラウンドを知るだけで、嬉しくなる。
「へえ、カホちゃんは次女か。」
「うん。高岡さんは?」
「兄貴がいる。次男だよ。」
「あはは。だから私たち気が合うのかな。自由気ままで気楽にいられる。」
「なんだそりゃ」
「だって、長男長女はいろいろ背負っちゃって大変だもん。いろいろと。」
「ま、そうだな。俺が芸人やってられるのも兄貴が家を継いでるおかげだもんな。」
「ご実家何やってるんですか?」
「工場だよ。ちいっさな機械の部品工場。」

俺は、もっとカホのことを知りたい。 そう思った。
こんなにお互いの家のことを話したのはこれが初めてである。
俺はまだカホについて知らないことがたくさんある。

俺たちは、ソファの端と端に座って、昔の子どもの頃の話をする。
それで、カホが、雷の恐怖を少しでも忘れてくれればと。

余裕ぶって苦笑しているわりに、内心俺は戸惑っている。
カホはホッとした顔をして、
「今日、お泊まりしてよかった。 一人で、あのアパートにいたらほんとに怖かった。」

俺ばっかりドギマギしているのをよそに、カホはうずくまったまま横で目を閉じる。
ピカッという光と共にすぐに、大きな音で近くに雷が落ちた。
カホは、ビクっとして、マジで怖がっている。

俺は、こんな状況でも、手を出しちゃならねえんだよな。
カホは、ホントに雷が苦手なようだ。身体を強張らせて俺の横で小さくダンゴムシのようになって、過ぎ去るのをただただ待っているようだった。
一人だったらどうしてたんだよ。
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