侯爵家婚約物語 ~祖国で出会った婚約者と不器用な恋をはじめます~
「どこかってどこですか」
「それが分からないから慌てているんでしょう!」
「ただの散歩ではないのですか?」
 ライルは自分に言い聞かせるように言った。

「今日はね、午後から散歩に行きたいっていうからメイヤーを付添させたんだけれど……彼女が少し目を離したときに公園から姿を消したというの」
「申し訳ございません、奥様。ライル様」

 いつの間にかすぐそばに来ていたコーディア付きの侍女メイヤーが深く首を垂れた。
 彼女はデインズデール侯爵家の家令ストリングの娘でもある。
 小さなころから侍女として訓練を受けている優秀な使用人だ。

「少し目を離したすきにわたしの側から離れたようです。公園中を探したのですが、姿はなく、公園の外で辻馬車に乗る、似たような背格好の女性が目撃されてます」
 ライルは眉間にしわを寄せた。
「ケイヴォンにあるマックギニス商会の事務所と卿の滞在しているホテルにはすでに問い合わせをしましたがコーディア様が立ち寄られた形跡はございませんでした」
 メイヤーは事実を私情なしに報告した。

「それにいまヘンリーは商談か何かで不在なのよ。ああどうしまよう。どこに行ってしまったのかしらコーディアったら」

 エイリッシュは泣きそうな顔をしている。落ち着かないらしく座りもしないで部屋の中を行ったり来たりしている。
 要するにコーディアは自らの意思で姿を消したのか。
 最近彼女と話したのはいつだったか。

 確か図書室での会話が最後だった。ライルも何かと忙しく朝食を早めに取りそのまま屋敷を出ることが多かったし夜も友人に誘われるままにクラブに顔を出していた。
 それに、彼女が自分と食事をしてもおいしくないのでは、と考えてしまいサロンに居残るのをやめてしまっていた。

「最近元気がなかったのよ。笑顔もなんていうか、無理やりつくっているって感じだったし。ずっと思い詰めていたのかしら……婚約者もこんなつまらない男だし。わたくしも心配していたの」
「さりげなく息子を非難するのはやめてください。母上だって、コーディアを無理やりいろいろな会に連れまわしていたのでしょう。彼女大人しいからされるがままで嫌だと言い出せなかったんですよ」

「うっ……」
 心当たりがあるのかエイリッシュは胸元を押さえた。

 ライルは母を非難する傍ら自分にも当てはまると内心自嘲する。きっと彼女はこんな婚約者と一緒になりたくないと思ったのだ。

「う、うるさいわね! コーディアのお友達をつくろう大作戦だったんだもん。……たしかにちょっと、少し馴染めていなかったかもしれないけれど。あなただって、コーディアが百貨店に行きたいって言ったとき非難したじゃない。あれだって酷かったわ」

 母は辛辣だった。
 自分でも自覚しているだけに第三者から言われると胸に刺さる。つい最近ナイジェルにも言われたことだ。

「奥様。ここで口論していても始まりません」
 メイヤーが冷静に二人の間に割って入った。
「コーディア様に今朝小包が届きました。ムナガルの寄宿学校からで、コーディア様は熱心にそれを読まれてしました」
 二人はメイヤーの言葉に反応した。

「ま、まさか……コーディアったらホームシックになっちゃったの? それでふらふらと出かけて行った先で可愛いからと目を着けられて誘拐。……そのままどこかの外国の娼館にでも売られて! どうしましょう大変だわ」
「……大変なのは母上の頭の中です。小説の読みすぎです」

 エイリッシュの飛躍しすぎな思考に低い声で突っ込みを入れる。
 現実にそんなことが起こってたまるものか。
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