侯爵家婚約物語 ~祖国で出会った婚約者と不器用な恋をはじめます~
コーディアは手描きの切符をじっと見つめる。
今日は途中の町でホテルを取って明日一番の列車に乗ってサウサートンまで行く。そうしたら今度はムナガル行の船を探すのだ。
今は一刻も早くみんなに会いたかった。
コーディアが六番乗降場で待っていくらか経過したころ列車が侵入してきた。
コーディアの胸が高揚した。
早く、早くケイヴォンから脱出したい。
乗車希望の客たちが列車に乗るために列を作り出す。コーディアも彼らに倣って列の最後尾に並んだ。
列車がゆっくりと停車をし、乗客を吐き出していく。労働者風の男や別の車両からは少し仕立ての良い上着を羽織った女性や男性が下りてきて、みなそれぞれの事情を抱えるように足早に通り過ぎていく。
列は動かない。乗務員が車内を足早に駆け抜けていく。
コーディアは早く乗車したくてたまらなくなる。
そのときだった。
「コーディア、見つけた」
腕を掴まれて、その相手を見上げると。
息を乱したライルの姿があった。
「ライル……様」
コーディアの顔が絶望に染まった。
見つかってしまった。
「そんな顔しないでくれ。心配した」
ライルはコーディアの腕を離さない。
「離して……。わたし、この列車に乗らないと」
乗車の合図が発せられたため、乗客たちは興味深そうに二人を眺めながら列車に吸い込まれていく。
ライルはコーディアを列から引っ張り出した。
「だめだ。一人で行かせられるわけがないだろう」
怖い声だった。コーディアはこの声が苦手だ。ただでさえライルはコーディアよりも背が高くて、男の人なのに。
けれど今日のコーディアはいつものように彼に怯えるわけにはいかない。
「嫌です。わたし、帰りたい! わたし、ムナガルに帰りたいんです。お願いします。わたしを帰してください!」
ライルはコーディアの渾身の叫びを黙って聞いていた。
彼にこんなにも強い口調で何かを言ったのは初めてだった。
「ライル様の婚約者は、わたしじゃないほうがいいです。わたしには荷が重すぎます」
コーディアは言い募った。
所詮コーディアに侯爵夫人なんて務まるはずがなかったのだ。
ライルはコーディアの言葉を黙って聞いていた。
けれど掴んだ腕は話してくれない。
「きみの思いはわかった。けれど、今ここできみを行かせることは出来ない。母上が心配している。……私も、きみのことが心配だ。とにかく一度帰るぞ」
「い、いや……」
発車のベルが鳴り響く。
コーディアは慌てて列車の方を向いた。
嫌だ。行ってしまう。
コーディアはライルから逃れようとした。彼の力が強くてコーディアにはどうしようもできない。
でも、コーディアは懐かしい友人たちの元へ帰りたかった。今すぐにでも会って話がしたかった。
「わたし、みんなに会わなくちゃ……」
「コーディア」
ライルに名前を呼ばれた。
「あ……」
今更ながらに気が付いたライルとの距離の近さ。ライルは周囲の好奇の目からコーディアを隠すように体の位置をずらした。
「お願いだから今日のところは聞き分けてくれ。私のことが嫌いならそれでもいい。けれど、今ここできみを一人行かせるわけにはいかない」
切羽詰まった声だった。
たぶん彼のこんな声は初めて聞いた。
列車がゆっくりと動き出した。
コーディアは呆然とした。
今日は途中の町でホテルを取って明日一番の列車に乗ってサウサートンまで行く。そうしたら今度はムナガル行の船を探すのだ。
今は一刻も早くみんなに会いたかった。
コーディアが六番乗降場で待っていくらか経過したころ列車が侵入してきた。
コーディアの胸が高揚した。
早く、早くケイヴォンから脱出したい。
乗車希望の客たちが列車に乗るために列を作り出す。コーディアも彼らに倣って列の最後尾に並んだ。
列車がゆっくりと停車をし、乗客を吐き出していく。労働者風の男や別の車両からは少し仕立ての良い上着を羽織った女性や男性が下りてきて、みなそれぞれの事情を抱えるように足早に通り過ぎていく。
列は動かない。乗務員が車内を足早に駆け抜けていく。
コーディアは早く乗車したくてたまらなくなる。
そのときだった。
「コーディア、見つけた」
腕を掴まれて、その相手を見上げると。
息を乱したライルの姿があった。
「ライル……様」
コーディアの顔が絶望に染まった。
見つかってしまった。
「そんな顔しないでくれ。心配した」
ライルはコーディアの腕を離さない。
「離して……。わたし、この列車に乗らないと」
乗車の合図が発せられたため、乗客たちは興味深そうに二人を眺めながら列車に吸い込まれていく。
ライルはコーディアを列から引っ張り出した。
「だめだ。一人で行かせられるわけがないだろう」
怖い声だった。コーディアはこの声が苦手だ。ただでさえライルはコーディアよりも背が高くて、男の人なのに。
けれど今日のコーディアはいつものように彼に怯えるわけにはいかない。
「嫌です。わたし、帰りたい! わたし、ムナガルに帰りたいんです。お願いします。わたしを帰してください!」
ライルはコーディアの渾身の叫びを黙って聞いていた。
彼にこんなにも強い口調で何かを言ったのは初めてだった。
「ライル様の婚約者は、わたしじゃないほうがいいです。わたしには荷が重すぎます」
コーディアは言い募った。
所詮コーディアに侯爵夫人なんて務まるはずがなかったのだ。
ライルはコーディアの言葉を黙って聞いていた。
けれど掴んだ腕は話してくれない。
「きみの思いはわかった。けれど、今ここできみを行かせることは出来ない。母上が心配している。……私も、きみのことが心配だ。とにかく一度帰るぞ」
「い、いや……」
発車のベルが鳴り響く。
コーディアは慌てて列車の方を向いた。
嫌だ。行ってしまう。
コーディアはライルから逃れようとした。彼の力が強くてコーディアにはどうしようもできない。
でも、コーディアは懐かしい友人たちの元へ帰りたかった。今すぐにでも会って話がしたかった。
「わたし、みんなに会わなくちゃ……」
「コーディア」
ライルに名前を呼ばれた。
「あ……」
今更ながらに気が付いたライルとの距離の近さ。ライルは周囲の好奇の目からコーディアを隠すように体の位置をずらした。
「お願いだから今日のところは聞き分けてくれ。私のことが嫌いならそれでもいい。けれど、今ここできみを一人行かせるわけにはいかない」
切羽詰まった声だった。
たぶん彼のこんな声は初めて聞いた。
列車がゆっくりと動き出した。
コーディアは呆然とした。