侯爵家婚約物語 ~祖国で出会った婚約者と不器用な恋をはじめます~
 コーディアはゆっくりと丁寧に説明をする。味のベースはコーディアが乳母のマーサに作ってもらっていたもの。幼いころに母を亡くしたコーディアは、物心ついたころからマーサ特性のジュナーガル風の菓子や飲み物を食べさせてもらっていた。
 この味が大好きでコーディアはマーサからレシピを聞き出し、寄宿学校の料理番に頼んで同じものを淹れてもらっていた。

「香辛料はわたしの父が経営するマックギニス商会より、一番良い物を取り揃えてもらいました」
 コーディアはそれから今日チャータの中に入れた香辛料の名前をいくつかあげていった。
 婦人たちは時折頷いたり、横の人同士で小さな声で話し合っていた。
「とっても美味しいんですのよ。わたくしが太鼓判を押しますわ」
「コーディアはともかく、エリーの太鼓判はあんまり信用成らなくてよ。あなた昔、紅茶に砂糖を入れようとして間違ってお塩を入れたことがあったでしょう」
 わたくし、ちゃんと覚えていてよ、とずいっとエイリッシュの前に進み出たのはメアリーだった。

「ひどいわ、メアリー。大昔のことを持ち出すことないじゃない」
 エイリッシュは拗ねた声を出すが、まわりの同世代の婦人たちは忍び笑いを漏らした。中には「そんなこともあったわねえ」などとしみじみ頷く人もいて、あたりに和やかな空気が生まれていく。

 メアリーがまず最初にお茶を受け取って一口、口をつけた。
 コーディアは息をするのも忘れて彼女の仕草に見入った。試飲の段階でエイリッシュもおいしいと言ってくれた。

 屋敷の使用人たちにも飲んでもらった。初めて飲む味だが、香りがよく気持ちが和むという言葉をもらった。初めての人でも飲みやすいように香辛料は若干抑えめにしている。

「おいしいわね。牛乳を入れたお茶はよく飲むのよ。でも、こういう飲み方は初めてだわ」

 メアリーはコーディアに向かって笑顔を作った。ちゃんと、心のこもった笑顔だった。
 コーディアは彼女の優しい眼差しを受けて止めていた息を吐き出した。

 メアリーの後に続いたのは彼女の友人たちだった。
 彼女たちが美味しそうにお茶を口にするのを見たコーディアと同世代の令嬢たちがしぶしぶ、その空気に当てられてチャータの入ったカップに手を伸ばし始める。

「今日はジュナーガル風のお菓子もいくつか用意してみました。また、香辛料入りの焼き菓子もあります。よければご賞味ください」
「面白い趣向ね」
「わたくし、あちらのことをあまり知らないのよ。お茶と宝石の取れる国だってことくらいね、知っているのは」
「ねえ、コーディア。こちらはなんていうお菓子なの?」
 最初の一杯を飲み干した夫人らからコーディアは質問を受けて、丁寧に説明を始める。

 今日のために材料や作り方をちゃんと頭の中に入れてきた。父は不在だったが、ケイヴォンのマックギニス商会の人間がケイヴォンに住むジュナーガル人の料理人を紹介してくれ、彼らから色々と学んだのだ。

 もちろんエイリッシュも一緒だった。
 カシューナッツと砂糖、それから香辛料でつくる菓子や、ひよこ豆を粉上にして丸めて揚げたもの、米を牛乳でとろとろに煮込み砂糖とナッツを加えたもの、またディルディーア大陸で親しまれている焼き菓子にジュナーガル特有の材料を加えてアレンジした菓子などを並べてある。

「今日のお部屋の内装も素敵だわ。これはあちらの織物なのかしら」
「はい。ジュナーガルの動物たちが織られた敷物やクッションカバーなどをそろえました。さすがに、本物は持っては来られませんでしたので」
「それもそうねえ」

 婦人はころころと笑った。
 コーディアもつられて微笑む。

 南の帝国にはこちらでは珍しい動植物もたくさんある。コーディアは少しでも知ってもらいたかった。今まで自分が住んでいたジュナーガルの素敵なところを。

 自分なりのやり方でジュナーガルの素敵なところを紹介したいと言ったらエイリッシュが素敵ね、と背中を押してくれた。
 コーディアは求められるままジュナーガルでの生活について話した。

「今日のお茶会は面白い趣向ね、コーディア」

 ほっと一息ついたときアメリカが話しかけてきた。
< 50 / 72 >

この作品をシェア

pagetop