侯爵家婚約物語 ~祖国で出会った婚約者と不器用な恋をはじめます~
「お嬢様、お召し替えのお時間でございます」
インデルク語の教師が帰った後、メイヤーからそう告げられた。
「は、はい」
職務に忠実な優秀な侍女は家令の父を持つという。黒髪黒目の彼女からは感情らしきものを読み取ることができない。
淡々とした侍女にコーディアは付き従う。
貴族は日に何度も着替えをすると聞いていたけれど本当のことだった。
学校にいたときも、暑い日はドレスを変えたりしたけれどそれは必要に駆られてだ。ケイヴォンは暑くもないし、むしろ寒いくらいで普通に生活をしている分には着替える必要性が感じられない。
(こんな風に思うのはきっとわたしがムナガル育ちだからなのよね)
コーディアはメイヤーにされるがまま気つけられていく。着せられたのは部屋着にしては少し飾り気の多い服で、彼女はそのままコーディアを鏡台のまえへ連れて行き髪の毛を整え始める。
「奥様からコーディア様をお連れするように申し付かっております」
何も聞いていないのにメイヤーはよどみなく答えた。
鏡越しにコーディアのもの言いたげな表情を確認したのかもしれない。
「ええと……お客様がいらしているの?」
「さようでございます。ご挨拶がてら紹介されたいとのことです」
「わかりました」
「わたしに丁寧な言葉は必要ありません」
「あ……ごめんなさい」
「この場合謝罪も結構でございます」
「け……結構?」
「必要ございませんということでございます」
メイヤーの淡々とした口調がコーディアの胸に突き刺さる。
家庭教師からは正しいインデルク語の発音を習っている。どうにも慣れ親しんだフランデール語の発音に引きずられてしまうからだ。
今だってインデルク語が出る前に最初にフランデール語で言葉を考えている。ずっとフランデール語で生活をしていた。この癖はしばらく消えてくれそうにない。
コーディアは顔を曇らせる。
メイヤーの発音は完璧でとても美しいインデルク語を話す。
その彼女の前で自分がインデルク語を話すと、内心けなされているのではないかとびくびくしてしまう。仕える主人がちっとも貴族らしくなくてがっかりしているのでは、と気に病んでしまうのだ。
「できあがりましたわ」
「ありがとう」
コーディアは立ち上がって部屋から出て行った。
階段の踊り場でライルと鉢合わせた。
今日は早い帰宅のようだ。
彼の後ろには従者のエイブの姿もある。
「おかえりなさいませ、ライル様」
コーディアは伏目がちに挨拶をした。
「ああ。今帰った。といっても書類を置いて手紙の返事を書いたらすぐにまた出る」
「そうですか……」
ライルの事務的な口調と口下手なコーディアの会話は一瞬で途切れてしまう。
夫になる男なのだからもっとなにか話さないと、と思うのに男性と何を話していいのか分からない。二人の間に微妙な空気が流れる。
写真の印象よりも怖くはないが、何か言うとがっかりさせてしまいそうで余計に言葉を出すことがためらわれてしまう。
ライルは動く素振りを見せない。
かといって口を開く気配もない。
コーディアはもしかしたら自分の格好がどこかおかしいのではないかと慌てた。けれど優秀なメイヤーが整えてくれたのだ。彼女の腕は本物である。ということは自分がメイヤーの腕ではカバーしきれないくらいダメダメなのかもしれない。
「……母に呼ばれているのではないか?」
ぽつりとライルの言葉が聞こえた。
「は、はい。そうでした」
コーディアは慌てて返事をした。
コーディアははじかれた様に階段を駆け下りた。昨日やってきた立ち振る舞いの教師が見たら即座に怒るだろう、優雅さのかけらもない慌てた動きだった。
相変わらずライルがよく分からなくて、本当にこんな調子で明日二人でお出かけできるのだろうかと本気で不安になった。
インデルク語の教師が帰った後、メイヤーからそう告げられた。
「は、はい」
職務に忠実な優秀な侍女は家令の父を持つという。黒髪黒目の彼女からは感情らしきものを読み取ることができない。
淡々とした侍女にコーディアは付き従う。
貴族は日に何度も着替えをすると聞いていたけれど本当のことだった。
学校にいたときも、暑い日はドレスを変えたりしたけれどそれは必要に駆られてだ。ケイヴォンは暑くもないし、むしろ寒いくらいで普通に生活をしている分には着替える必要性が感じられない。
(こんな風に思うのはきっとわたしがムナガル育ちだからなのよね)
コーディアはメイヤーにされるがまま気つけられていく。着せられたのは部屋着にしては少し飾り気の多い服で、彼女はそのままコーディアを鏡台のまえへ連れて行き髪の毛を整え始める。
「奥様からコーディア様をお連れするように申し付かっております」
何も聞いていないのにメイヤーはよどみなく答えた。
鏡越しにコーディアのもの言いたげな表情を確認したのかもしれない。
「ええと……お客様がいらしているの?」
「さようでございます。ご挨拶がてら紹介されたいとのことです」
「わかりました」
「わたしに丁寧な言葉は必要ありません」
「あ……ごめんなさい」
「この場合謝罪も結構でございます」
「け……結構?」
「必要ございませんということでございます」
メイヤーの淡々とした口調がコーディアの胸に突き刺さる。
家庭教師からは正しいインデルク語の発音を習っている。どうにも慣れ親しんだフランデール語の発音に引きずられてしまうからだ。
今だってインデルク語が出る前に最初にフランデール語で言葉を考えている。ずっとフランデール語で生活をしていた。この癖はしばらく消えてくれそうにない。
コーディアは顔を曇らせる。
メイヤーの発音は完璧でとても美しいインデルク語を話す。
その彼女の前で自分がインデルク語を話すと、内心けなされているのではないかとびくびくしてしまう。仕える主人がちっとも貴族らしくなくてがっかりしているのでは、と気に病んでしまうのだ。
「できあがりましたわ」
「ありがとう」
コーディアは立ち上がって部屋から出て行った。
階段の踊り場でライルと鉢合わせた。
今日は早い帰宅のようだ。
彼の後ろには従者のエイブの姿もある。
「おかえりなさいませ、ライル様」
コーディアは伏目がちに挨拶をした。
「ああ。今帰った。といっても書類を置いて手紙の返事を書いたらすぐにまた出る」
「そうですか……」
ライルの事務的な口調と口下手なコーディアの会話は一瞬で途切れてしまう。
夫になる男なのだからもっとなにか話さないと、と思うのに男性と何を話していいのか分からない。二人の間に微妙な空気が流れる。
写真の印象よりも怖くはないが、何か言うとがっかりさせてしまいそうで余計に言葉を出すことがためらわれてしまう。
ライルは動く素振りを見せない。
かといって口を開く気配もない。
コーディアはもしかしたら自分の格好がどこかおかしいのではないかと慌てた。けれど優秀なメイヤーが整えてくれたのだ。彼女の腕は本物である。ということは自分がメイヤーの腕ではカバーしきれないくらいダメダメなのかもしれない。
「……母に呼ばれているのではないか?」
ぽつりとライルの言葉が聞こえた。
「は、はい。そうでした」
コーディアは慌てて返事をした。
コーディアははじかれた様に階段を駆け下りた。昨日やってきた立ち振る舞いの教師が見たら即座に怒るだろう、優雅さのかけらもない慌てた動きだった。
相変わらずライルがよく分からなくて、本当にこんな調子で明日二人でお出かけできるのだろうかと本気で不安になった。