侯爵家婚約物語 ~祖国で出会った婚約者と不器用な恋をはじめます~
 それからのケイヴォン散策も散々だったというか、ちっともお互いの距離は短くならなかった。
 建物の説明をしてくれる分、観光案内の方がまだ会話はあった。
 休憩時に連れて行かれたサロンで、コーディアはせっかくのお菓子の味も分からず終いだった。真正面に口を引き結んだライルが鎮座しているかと思えば空気が重く感じられた。

 会話といえば「おいしいか?」と聞かれたため「はい」と答えたくらいなものである。サロンってもっと華やかで楽しいところだと想像していたはずなのに。
 そもそもどうしてこの人と一緒にお茶をしているんだっけ。などと改めて考えてしまうくらいだった。

 そして帰りの馬車の中。
 馬車が走り出すとライルが口を開いた。

「男性は女性が馬車から降りるときに女性に手を貸すものだ。そして女性はその意を汲んで男性の手を借りる」

 コーディアは少し考えた。
 きっと今日何度かコーディアが馬車から降りたときのことを言ってるのだろう。確かに彼は不自然に手を伸ばしていた。彼は今日一日ずっとコーディアが察するのを待っていたのだ。
 頭の中で件の場面を再生したコーディアは顔を青くする。

「ご、ごめんなさい」
「慣れていないだけだろう。次から気を付ければいい」

 それきり二人は押し黙る。
 コーディアは居たたまれなくなった。
 自分は何一つ満足にできない。貴族の娘なら、きちんとした教育を受けた娘ならきっとさらりと彼にエスコートされるのだろう。
 コーディアは彼の意を汲むことができなかった。

 どうしよう。
 きっと嫌われてしまったかもしれない。

 コーディアの胃がきりりと痛み出す。そっとライルの方を伺うと、彼の瞳がこちらに注がれていた。
 茶色の瞳からは怒りを読み取ることはできないが、好意が感じられるほど楽観的ではない。どこか、困ったような、呆れたようななんとも判断のつかない顔をしていた。
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