忘れるための時間     始めるための時間     ~すれ違う想い~
借りた教科書を返そうと、5組の教室をのぞく。すぐに永井くんと目が合い軽く手を上げてから歩いて来てくれた。

「教科書、ありがとう。」

教科書を差し出すと永井くんはそれを受け取りながら私の頭をクシャクシャと撫でてきた。
顔が赤らむのがわかり半歩後ろにしりぞく。

「たまには後藤さんも教科書忘れたりするんじゃなぁ」

「そっそりゃぁあるよ~うち、けっこうおっちょこちょいなんよ」

「そうじゃなぁ、さっきもぶつかった。ハハハ」

永井くんに笑われて少し恥ずかしいけど、そんな風に言ってくれて何だか距離が縮まった気がして嬉しかった。

このまま何か話しかけたい!そう思ってやっと振り絞って話しかける。
「そぉ言えば、もうすぐ夏の予選始まるんよね」

永井くんは嬉しそうに目をパッと輝かせながら「おぉ!そーなんよ!後藤さん気にしてくれとったん?」

「うっうん。もちろん。…それに…」
永井くんが持っている教科書を指差す。

永井くんはハッとしたように教科書を見て頭をかいて「あ〰️っ。恥ずかしいなぁ。もしかしてあの落書き見たん?」と本当に恥ずかしそうに言う。
可愛いと思ってしまった。

「ううん。恥ずかしいなんて、そんなこと無い。いつっも頑張っとるの、うち見とるけん。応援しとる!」
勇気を振り絞り永井くんを見つめながらそう言う。

(永井くんの顔が赤くなったような気がした。
落書き見られてそんなに恥ずかしかったんかなぁ…。)

「ありがとう!頑張るで。応援、来てくれる?」今度は首もとをかきながら言う永井くん。

「もちろん!」
精一杯微笑んでそう言った時背中を、ポンと叩かれた。

「未来ちゃん、次移動教室で、間に合わんで~」達也くんが私のペンケースを持って見せながら言う。

「あっ、忘れとった~!大変。」

「クククッ。走らんとな~もぉ皆移動しとるで。」

達也くんが意地悪な感じで笑いながら私の手を引く。
少し前の方で私の教科書を持った唯が「そうで!はよぉ!はよぉ!」と振り向いて言う。

永井くんとこのまま離れるのは少し名残惜しかったが仕方ない。
「じゃあ、永井くん、教科書ありがとね」
やっと一言言えた。

達也くんに手を引かれて小走りで移動しながら後ろを振り向くと永井くんが5組の入口から少しのぞいて手を振ってくれていた。

「前向いて走らんと転ぶで~」
達也くんは引いていた手を離し、また少し意地悪な笑みをたたえながらそう言う。

「もぉ!そんなに転ばんし!フフフ」そう言って達也くんの背中をグーでポンと叩く。

「いてぇ!未来ちゃん、力強いなぁ!じゃあ、ダッシュじゃ!!」

「えっ、ま、待ってや!」
達也くんと一緒に隣の棟の音楽室まで走った。

達也くんとはいつもこんな風に軽口をたたけるほど仲良くなっていた。
達也くんといると自然な笑顔になれる自分がいる。
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