忘れるための時間     始めるための時間     ~すれ違う想い~
バス停 ~現在~
皆でワイワイと差し入れのいちご飴を食べたり、高校時代の思い出話で盛り上がったりしていたらあっと言うまに時間が過ぎる。ふと壁にかかっている時計に目をやるともう8時を過ぎていた。

「あっ、もうこんな時間。ごめんなさい、今日バスで帰るんよ」そう言いながら立ち上がり、座っていた座布団を軽くはたく。

すみに積み重ねられている座布団のところまで持って行くついでに落ちていたいちご飴の包み紙を集めた。
ふっ…といちごの甘い香りが鼻をくすぐる。(懐かしい…私の初恋の香り…)

座布団を片付け、振り向きざまに何気なく永井君の方を見ると、思いがけず目が合う。

ふっと微笑んでくれた。

ドキン 胸が痛んだ。

「みぃ~もう帰るん?」
亜紀がいちご飴を頬張りながら声をかけてくる。
私は亜紀の方に近寄り、拾ったゴミを机の上にあったナイロン袋に入れながら「うち、8時半のバスで帰るんよ。最終じゃけん乗り遅れたら大変」眉をひそめて申し訳なく思いながら帰りのバスの時刻を告げる。


「え~うち車じゃけん良かったら送るで」

ありがたいが亜紀の家とは逆方向だった。

「ありがとう。でも家、逆方向じゃし、明日弟の試合で、朝早いけん悪いけどもう帰るな。」
「あ~そぉなん、じゃぁ…気をつけて帰ってな!みぃはおっちょこちょいなんじゃから。」亜紀がニヤニヤしながら言う。
「もぉ!まだからかうんかな!もぉええ大人なんじゃから大丈夫よ。」両手を顔の前でブンブン振りながらおどけて言う。

「じゃあ、皆さん、お疲れ様でした。」
ペコリと頭を下げて部屋を後にする。
「お~お疲れ!」「またね!後藤さん」そんな声に見送られて私は薄暗い玄関で靴を履き、スリッパを下駄箱にしまった。
(そぉ言えば、さっき永井君の姿、見えんかったなぁ。亜紀と話ししとるうちに部屋を出とったんかな…)挨拶がしたかった…そう残念に思いながら多目的ホールを後にした。

薄暗い中門に向かって歩き始める。

「帰るん?」

後ろから柔らかい声が聞こえた。振り向かなくても誰だかわかる。少しドキッとしてしまったが、ふぅと息をはいて心を落ち着かせてから振り向いた。

永井君が少し早足で近づいて来るのが見えた。

「永井君、ごめんなさい。今日うち、バスで帰るんよ。8時半の…」そう言いかけると永井君がそっと背中を押して門の方に並んで歩き始めた。
「今日はありがとう。少しでも沢山の人に集まってほしかったけん、来てくれて嬉しかった。」背中を押していた手をポケットにしまい、並んで歩きながら話しかけてくれた。
「あっ、そんな、うちこそ…久しぶりにみんなに会えて楽しかった。ありがとね。」永井君の顔を見上げてそう答えた。背の高い永井君と並んで話すと、こんな感じで見上げてしまう…。

「帰り、こっち?」永井君が北行きのバス停の方を指差し、ふっと微笑んで少し垂れた目を細めた。

(あっ…こんな感じ前にもあったような…)
頭の片隅でそんなことを考えながら「うん、そぉ。」と答える。
 

「あっ、なっ永井君は?永井君ももぉ帰るん?」
ふと並んで歩く永井君の事を不思議に思い、たずねる。

「ん?いゃ…後藤さん、ちょっと心配で。もぉ暗いけん。」そう柔らかい声で答えてくれた。
びっくりしてパッと永井君の方を見る。両手をポケットに突っ込んだままこちらを見るでもなく前を向いてゆっくりと歩いていた。その姿に不思議と懐かしさを感じた。

(ん?…やっぱり、何か…)心に引っ掛かる思いをすみに追いやりながら「ありがとう。」やっと一言お礼を言えた。

バス停までたどり着くと、バスの到着まであと5分程だった。

「間に合ったな!良かった。最終じゃろ?」

安心したように永井君が言う。

「えっ?永井君普段この路線のバス使っとるん?」
最終バスの時間まで知っているなんて…不思議に思った。

「ん?いや。さっき本岡と話ししょうったのが聞こえたけん。気分転換に散歩がてら送ってこようかなぁって。」

さらっと微笑みながら言う永井君を見上げて心臓がドキンとはね上がった。頬も赤かったかもしれない。真っ暗で良かった…

「えっ、あっあっありがとう。」やっとの思いでお礼の言葉を絞り出す。
永井君がどんな思いでこんなこと言ってくれているのかは分からないが
多分心配してくれていたのだろう…とうぬぼれ、少し嬉しく思う。

しばらく沈黙が続いた後、口を開いたのは永井君だった。

「唯が…唯がいっつも心配しよったけん。後藤さんのこと。」
唯の話題が出て思わす胸がチクリと痛んだ。
その永井君の言葉に返事をする間もなく、バスがこちらに向かって走って来るのが見えた。
「そういえば今日、唯は…」
そう私が言いかけた時
「足もと気をつけてな!」永井君はそう言いながらそっと私の肩に手を置く。

(…あっ!この感じ。この感じ前にも…!!)

思い出が鮮やかによみがえったその時、目の前で停まったバスの扉がプーッという音をたてて開いた。
「じゃあ、またな、後藤さん。」そう言いながら永井君は私の背中をそっと押した。

私は何だか泣きそうになるのをこらえながらうつ向いてバスに乗り込んだ。
座席を見つけて座り、窓の外をふと見ると片手をポケットに入れた永井君が私に向かって手を振ってくれていた。

これも…

鮮明にあの時の思い出がよみがえり、窓の外の景色が涙でにじんだ。それでも何とか笑顔を作り、手を振り返す。

…何で。
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