忘れるための時間     始めるための時間     ~すれ違う想い~

# 未来side

♯ 未来side

達也くんはシングルヒットを何本か打たれてしまったが、コントロールも良く球威があるためその後をしっかりと押さえ無失点で五回を終えた。ジリジリと焼け付くような暑さのため沢山汗をかいているが真剣な中にも表情は柔らかく時折笑顔も見られてリラックスしているように見える。調子は良さそうだ。

それでも、試合前ベンチに入る寸前に右肩を押さえていた達也くんの姿に不安を覚えてから(ホントは無理しとるんかもしれん)と思い、不安が拭えずにいた。

五回が終了しグランド整備に入った。熱を入れて応援していた応援団もしばらく休憩に入るようだ。
「みぃ、トイレ行くけどどうする?」
唯が声をかけてくれたが「ううん。大丈夫。」と断った。
「水分ちゃんと取ってな。」肩をポンとたたきながらそう言い、亜紀も一緒にトイレに向かう。
「いってらっしゃい」手を振り二人を見送った。
私は一人ぽつんと生徒応援席の一番前に立ちグランドを見つめていた。(達也くん、ほんまに大丈夫じゃろうか…。)そう達也くんの事を心配しつつも、ついつい永井くんを目で追ってしまう私がいた。


大きな声でキビキビと指示を出しながら応援団全体を引っ張っている永井くんはとてもかっこよかったが、本当は自分もあのグランドに立っていたかっただろうに、と永井くんの気持ちを考えると切なくなった。
そんなことを考えながら永井くんを見ているとふと振り返った永井くんと目が合ってしまいドキッとした。

永井くんは笑顔でこっちに歩いて来てくれた。

「暑うない?大丈夫?」

「あ、うん。暑いな。毎日こんな暑いところで頑張っとる野球部のみんなすごいなって思う。」
そう言いながら永井くんがそばに来てくれたことが照れくさくて何気なく視線をグランドに向けた。

「…。達也のこと、心配?」
わずかな沈黙の後そっとたずねられ思わず永井くんの顔を見る。
「そんな顔しとる。」
頬を指でツンと触られ頬が熱くなる。それを隠すように両手で顔を覆った。

「うん。心配。一年生大会の時の事を思い出したり、朝会ったときも、さっき試合始まる前も右肩を押さえよおったし…。」正直な気持ちを伝えた。

永井くんは私を安心させるようにフッと柔らかい笑顔を見せた…かと思うと私の背中をパシッと叩いてきた。思わず背筋がシャンと伸びた。

「大丈夫!後藤さんが応援してくれとるだけで力がわいてくるんじゃけぇ…俺ら!」
その言葉に少し安心するとともに『俺ら!』と言う言葉に胸が高鳴った。

(俺ら、って永井くんも?!) そう期待してしまう自分はうぬぼれているのだろうか。

「ほら、な!」永井くんが指を指す方をふり向くと一年生部員らしい子達が数名笑顔でこちらに手を振っていた。

「…?え?!」戸惑う私が両手で口元を覆っていると

「手、振っちゃってや。喜ぶけえ。」そう言うと永井くんが私の肩をつかんでグイッと私の体ごと手を振っている部員達の方に向けた。

恥ずかしかったが仕方なく体の前で小さく手を振るとなぜかその部員達が歓喜の雄叫びをあげる。

「あいつらアホじゃ。ククク。」永井くんは笑っているが私はそれどころでは無く顔が爆発しそうなほど赤くなってしまった。

「もぉ!!からこおてから!」口を尖らせてすねると永井くんはそっと私の頭に手をやりポンポンと無言で軽く叩いた。

ドキンと心臓が音をたてた瞬間 「光!さぼっとんじゃない?!」 唯の声がした。
永井くんはパッと手を引き一歩さがって私との距離を取る。

「あ~!みぃの顔、真っ赤じゃが!!からこうたん?!何されたん?!」
亜紀が私と永井くんを代わる代わる見ながら言う。

「いや、あいつらがな、後藤さん可愛いとか言うけえ、ちょっと…ファンサービスを…」
そう言いながらまだ騒いでいる部員達の方を指さす。

「ん?」「はぁ?」 二人が同時にそちらを向くとさっきまで騒いでいた子達の目が明らかにハートになるのがわかった。美人二人の登場に目を奪われたのだろう。
視線がそれ、ほっとした。注目されることには慣れていない。

「じゃ!引き続き応援よろしく!!」
永井くんは爽やかにそう言うと手を軽くあげて応援団の方に帰って行った。

その姿をそっと見守っていると「永井さん、あの3人とどういう…」「何で永井さんが…」「永井さんだけずるい」 と後輩達に詰め寄られ、永井くんは少し照れているように見えた。
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