忘れるための時間     始めるための時間     ~すれ違う想い~
どのくらいの時間座り込んでいただろう。

ずっと達也くんの言葉が頭をグルグルと回っていた。

『ええから帰ってくれぇ!今、俺は余裕無いけぇ。未来ちゃんに気を使う余裕も優しくする余裕も…正直顔も見とお無いんじゃ!!』

そんな言葉を投げつけられ、自分が達也くんにどのくらい守られていたのかを実感していた。そして、自分は達也くんの何の力にもなれないことも…。
いつも安心させてくれるような笑顔も、言葉も、仕草も…。いつも自分は達也くんの優しさに甘えていた。それなのに私は…。

「顔も見とう無い…か」
思わず言葉にしてしまってからふと我に返った。
面会コーナーの電気は落とされ、廊下の照明もダウンされていた。ふと壁にかかっている時計に目をやると9時をまわっていた。あれから二時間以上過ぎていた。肌寒さを感じ、少し身震いをする。

パサッと肩に何かがかかるのを感じ、振り向くと永井くんがスポーツタオルを肩にかけてくれていた。そこではじめて永井くんが二時間以上も黙ってそばについていてくれたことに気がついた。

「なっ、永井くん。ごめんなさい、うち、頭が混乱しとって。それで…それで…」

永井くんは乾いた涙でパリパリになっている私の頬にそっと手を伸ばし軽く触れ小さくため息をついた。
「ショックだったじゃろう。俺もじゃ。あいつのあんな姿、はじめて見た。」
一瞬触れたその手をすぐに離し、ポケットにしまい込み、暗い顔でうつむいている。

「うち、達也くんに甘え過ぎとったと思う。ひどい怪我をしとることはわかっとったのに…それなのに笑顔を見せてくれるような気がして、うちのことをまた安心させてくれるような気がして…そんなことあるはず無いのに!うちの顔なんか見とうないのなんか当たり前じゃ!うち、どうかしとったんよ!」
両手で顔を覆いながら早口でまくし立てるように一気に話す。

後ろからふんわりと抱きしめられ、はっと息をのむ。

「そんなこと言うなや…。そんなこと…。」
永井くんはそう絞り出すような声でつぶやくと、ふんわりと抱きしめていた腕にギュッと力を込めた。肩に乗せられた永井くんのおでこが小さく震えているのをタオル越しに感じた。



プルルル…携帯の呼び出し音が静まりかえったフロアに鳴り響いた。帰りが遅いことに心配をした母親からの電話だった。

しばらくして迎えに来てくれた車に乗り込む時
「遅くまで引き留めてしまって申し訳ありませんでした。」
運転する母親に声をかけてくれた。
「後藤さん、達也は大丈夫じゃけん。絶対大丈夫じゃけん。安心して!」元気づけるように言ってくれた。私はうなづくことしかできなかった。

車が出て病院の門を出るまで永井くんが車を見送っててくれているのが見えた。

その優しさが今日は辛く感じてしまう。こんな駄目な私には優しくされる資格が無い気がして…。
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