忘れるための時間     始めるための時間     ~すれ違う想い~
「達也くん? …達也くん?」
無表情でグイグイと私を引っ張りながら歩く達也くんに声をかけるが聞こえないのか、わざとなのか私の声を無視してどんどん歩き、下駄箱の前まで来て立ち止まった。それでもつかんだ手首は離さない。

「達也くん、ホンマにどうしたん?いつもの達也くんと違うし…。」
顔をのぞき込んでそう言うと、キッと表情が硬くなり「いつも?いつもの俺ってどんなんかな。」
問いかけるでも無く独り言のようにそう言うとまた不自然なくらい明るい笑顔で
「俺な、野球やめたしな。今まで野球、野球で未来ちゃんとの時間がろくにとれんかったけどこれからは未来ちゃんとデートしまくりじゃ!未来ちゃんのために時間を使う!」そう言うと下駄箱から私のシューズを取り出してくれた。
「あっ、ありがとう。…じゃけど達也くんホンマに野球やめてしもうたん?」

「ん?野球?やめたで~。じゃって、目が片方ろくに見えんくせに肩の手術するメリットなかろぉ。悩むのもばからしいけぇ野球はやめた。」

一瞬動きが止まったような気がしたがすぐに明るい声で返事が返ってきた。その表情から本心は見えず、私は何も言えなかった。


その後達也くんが一方的に話しながら教室まで一緒に歩いた。
教室に入る瞬間ふと立ち止まり、少し斜め上を見ながら「あっ…と。夏大終わったし、今日の放課後、あの返事ちょうだい。」そう言うと私の頭をポンとたたいて先に教室に入ってしまった。

(返事…どうしよう…。)
頭の中が真っ白になった私はしばらく教室の入り口に立ち尽くしていた。

「おはよう!」
明るく元気な声がしたかと思うと背中をパシッと叩かれた。唯だった。
「みぃ~久しぶり!宿題済んだ?」
いつもと変わらない調子で明るく声をかけながら私の背中をそっと押し教室に入れてくれた。
多分私が教室に入りにくそうにしていることに気付き、さりげなく対応してくれたのだと思う。

(心配かけとるよな…これ以上心配かけたらいけん。)そう思った私は達也くんに返事をすることを唯と亜紀には先に話しておこうと思った。

「唯…あのな、お昼休みにちょっと話したいことある。唯と亜紀に…。」
ポツポツと小さい声で唯に話す。
「うん!オッケー!お弁当三人で食べよう。中庭行くかな」
何の話しかなんて深く聞かずに笑顔でそう言ってくれた。

「おっ!達也!元気になったん?!」
唯は達也くんの姿を見つけると元気に声をかけた。達也くんは沢山の友達に囲まれて何やらワイワイと話している。いつもの達也くんに見えてホッとした。
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