忘れるための時間     始めるための時間     ~すれ違う想い~
進展 ~現代~

# 未来side

仕事が終わり、職場である花屋を出ようとした時にポケットのスマートフォンが振るえた。 
(誰だろ…健かな?)
そう思いながらポケットからスマートフォンを手に取り、ディスプレイに表示された名前に驚いてスマートフォンを落としそうになった。

(えっ?なっ何で?)

確かにそこには『永井くん』と表示されている。

ごくりと、唾をのみ来んでから振るえる手で画面をタップした。

「はい、もしもし。」

「あ、あの、後藤さん?」
少しよそいきな、でも確かに永井くんの声が聞こえる。

「はっ、はい。」

「…はぁ~良かった!番号変わって無かったんじゃな。」

「うん。」

「あのな、今日電話したのは…」

永井くんが昼間の出来事と達也くんや健とのやり取りを丁寧に伝えてくれた。

「…と言うわけで、俺ももう仕事上がりじゃし、これから後藤さんの家にグローブ届けてもええじゃろうか?迷惑?」

夢見心地で聞いていたから少し返事が遅れてしまった。

「後藤さん?」

「あっ、はっはい!ええの?お仕事でお疲れじゃろうに」

「いや、大丈夫。それに明日試合なんじゃろ。早く届けてあげんと。」

「じゃあ…お言葉に甘えて。住所は…」

最後の方はもう記憶が無いくらいドキドキしてて、ちゃんと住所が伝えられたかどうか心配になるほどだった。

あわてて自転車をこいで家に帰る。

どうしよう、どうしよう あわてながらとりあえず玄関のまわりを確かめ、リビングを見渡す。 そんなに散らかってはいないはず…

ホッと息をついたとき

ピンポーン

インターフォンが鳴った。

何となく鏡を見て乱れた髪を手ぐしで整えてから玄関ドアを開けた。

「こんばんは。」片手に紙袋を下げて立つ永井くんがいた。

「ありがとう。わざわざごめんね。でも、まだ健帰ってなくて…」

「そっか、じゃあ…これ渡しておいてもらおうか…」少し考えてから永井くんが持っていた紙袋を渡してくれる。

それを受け取りながらはっと思った
「あっ、お代はいくらかな?」

あわててたずねると永井くんは思わぬことを聞かれた、とばかり驚いた顔をして
「あぁ、ホンマじゃ。お代な、いや考えてなかった!」

頭をかきながらハハハと笑っている。

「え、でも…いるよね?」

そうたずねたとき

「ただいま!あ、スポーツ店のお兄さん!」
健が笑顔全開で帰ってきた。

「おぉ、弟くん。お帰り。グローブ直ったで」

「やった!ありがとうございます。」
健が元気良くそう言うと同時に グ~ッ と元気にお腹が鳴る音がした。

プッと永井くんが吹き出す。

「腹減った!姉ちゃん晩御飯、今日何?」

「ごめん、ごめん。今日はカツ丼。明日試合じゃし!すぐ作るね」

大切な試合の前は縁起をかついでカツ丼と決めてある。

「やった!…あ、お兄さんも一緒にどうてすか?今日のお礼に!」

あんまり自然にさりげなく誘う健に目を見張ってしまった。

「あぁ、ありがたいけど…」と言いながら永井くんがこちらをうかがうように見てきた。

「もちろん、良かったら食べて行って」
思わずそう答えてしまった。

そうと決まったら、と健がサッサと永井くんをリビングに引きずり込んだ。

私はリビングに永井くんと健がいるという不思議な光景を見ながら三人分のカツ丼を作った。

その間二人はグローブを見たりはめたりしながらグローブについてや野球について熱く語っていた。

「出来ましたよ!」

カツ丼とサラダ、味噌汁をテーブルに並べた。

「う~ん、いい匂い!」
永井くんにそう言われ嬉しくてドキドキした。

「ん、うま~!」

「ホンマじゃ、うまい!」

ガツガツ食べる二人の姿を見ながら幸せを感じていた。

「光さんは、キャッチャーだったんっすよね」
「おぉ、健は?」
「俺はショートっす!」

(え?いつの間にそんな仲良く?)
二人のやり取りに驚いたけど、嬉しそうに話す健を見ていると、やっぱりこういうのいいな…って思った。

「明日試合なんよな?。俺、明日休みじゃけぇ見に行こうかな。」

「え?ホンマに?!やった!来て来て!」

「え?でも、せっかくのお休みなのに…」
話しに割って入る。

「いや、俺が見たいだけじゃけぇ」

「俺、頑張るわ!姉ちゃんも来てくれるんよな?」

「もちろん!」

「あ…じゃあ、明日俺迎えに来るわ。」

永井くんの思わぬ申し出に一瞬言葉につまる。

「そーしたらええが!姉ちゃん、自転車で行くつもりじゃったんじゃろ?明日も暑いし、俺もその方が安心!ええですか?光さん!」

健が私の答えを待たずにさっさと返事をしてしまう。

「じゃあ、明日の朝、早めに来るわ。」
大きくて垂れ気味の目を細めて笑いそう言う、高校時代と何一つ変わらないその表情に懐かしさで胸がつまった。

健と永井くんはしばらく野球の話で盛り上がり、和やかに夜がふけていったが、明日が試合だから早めに休まないと と言うことで食後のコーヒーとデザートのチーズケーキでしめくくった。

玄関の外まで永井くんを見送りに出た。

「じゃ、明日 頑張れよ!」
そう言って差し出された握りこぶしにグータッチをしながら
「はい!姉ちゃんへの恩返しのためにも頑張ります!」そう言う健の姿が頼もしく、いつもより大きく見えた。

思わず涙ぐんでしまった。

その様子に気づいたのか永井くんが思わぬことを言い出した。

「じゃぁ…健、ちょっとお姉さんに話があるけぇ…」 

「あ、はい!じゃ、おやすみなさい!」

健は礼儀正しくお辞儀をし、サッサと家に入ってしまった。

その様子を見た永井くんが
「いい弟さんじゃなぁ。」
としみじみと言うから こらえていた涙がこぼれてしまった。

その時ふわっとした物が頬に触れた。
永井くんがタオル地のハンカチで涙を拭いてくれたのだ。

「こんな時…達也なら後藤さんを笑顔にしてあげる言葉がスルスル出してくるんじゃろうけど、俺はこんなことしかできんで、ごめん。」

申し訳なさそうにハンカチを差し出す。

突然達也くんの名前を出されてドキッとした。何も言えず差し出されたハンカチを受け取り、涙をぬぐった。

「それでも俺、もう後悔しとぉないけぇ…」
そう言うと私の後ろ頭と背中に手をかけ、ぐっと引き寄せた。

突然のことに驚き、そのまま永井くんの胸の中に引き込まれてしまった。

(なぜ?)
と戸惑いパニックになりかけていた私だったが、永井くんの心臓の音が聞こえて来た事で少し気持ちが落ち着いた。

「後藤さん…俺…ずっと言えずにおったことある。」

永井くんが抱きしめたままそう話し始めた。

私は無言でうなずくことしか出来ずにいた。
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