病気の時は


 そして今回、3回目。
 やっぱり心配で、いろいろ買ってきてしまった。
 『ある』とは言われたものの、足りなくなったら困るし、余っても普通に消費できる物を選んだつもりだ。
 仕事は死に物狂いで定時に終わらせて、彼女の家まで来てみた。
 起きていたら、玄関で物を渡してすぐに帰る。
 これは決めていた。どんなに心配でも、玄関で帰る。
 会社から彼女の家まで、そう自分に言い聞かせて来た。

 外から見たら、電気が付いていなかった。
 多分、寝ている。

 前回と違うのは、俺が彼女の家の合鍵を持っていることだ。

 彼女は忙しい人で、付き合い始めても会えないことが多かった。平日は残業も多く、土日は彼女に体を休めてほしくて、俺が遠慮していた。
 そうしたら、それを察したらしい彼女が「会いたい時に来ていいよ」と鍵を渡してくれたのだ。
 嬉しくて、本当は毎日行きたいところだったけど、3日に1度くらいに留めている。

 今回は、その合鍵で、彼女に負担をかけないように、物だけを置いて帰ることにした。

 今日は帰って、明日また連絡をしてみよう。
 明日は土曜日だから、いつ連絡がきても動けるようにしておこう。

 彼女の寝息に後ろ髪を引かれながら、部屋のドアをそっと閉めた。

 靴を履いていたら、背後のドアが開く音がした。
「……はるちゃん……?」
「千波さん、起こしちゃった?」
 パチッと、千波さんが電気をつけた。玄関がオレンジ色に明るくなる。
「ごめん、せっかく寝てたのに」
「ううん。なんかいろいろ置いてあったの、あれ、はるちゃん?」
「うん。体どう?」
「大分楽になってるよ」
「良かった。熱下がったかな」
 おでこに手を当てると、まだ熱かった。
「まだ熱いよ」
「そう?昼間よりは楽なんだけど」
「でもまだ寝てなよ。ぶり返すとまた辛いよ」
 おでこの手を頭に乗せる。
「冷蔵庫にもいろいろ入ってるから」
「うん……ありがと」
 千波さんは俺を見上げて笑う。
 やばい、このままだとキスしてしまいそうだ。
 俺は慌てて手を離した。
「じゃあ、ちゃんと寝てるんだよ」
 出ようとして玄関のドアに向くと、腕がグッと後ろに引っ張られた。
 見ると、千波さんの手が俺の腕の肘のところをつかんでいる。
「え……なに?」
 千波さんは下を向いていて、顔が見えない。
「あの……帰っちゃうの?」
「え……」
 返事をしないせいか、千波さんはゆっくりと探るように俺の顔を見る。
 じっと見られると、吸い込まれそうになる。
「まだ、熱あるでしょ?だから帰るよ」
 千波さんはまた下を向いた。
 これは……普段なら『帰ってほしくない』ということのはずだけど……でも、今、千波さんは熱がある。『放っておいてほしい』はずだ。
「……もう、ちょっとだけ、いて……」
 耳を疑った。
「え……」
 千波さんは、ハッとして、腕をつかんでいた手をパッと離した。
「あ、ああ、ごめんなさい。風邪移っちゃうかもしれないし、帰りたいよね。ごめんね、引き止めて……あの……来てくれて、ありがとう……」
 顔が赤くなっているのは、熱のせいだけじゃない。
 俺は、千波さんを抱きしめた。
 初めて、必要とされている気がした。
 千波さんの手が、そっと背中にまわる。
 熱のせいか、いつもよりも千波さんの体があったかい。
「千波さん、部屋戻ろう。また熱上がるよ」
「……はるちゃんは……帰るの?」
 不安そうな声。
「もう少し、いるから」
 千波さんはほっと息をついて、俺を見上げて笑った。
「ありがと」
 キスしたくなったけど、必死に我慢した。



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