ぜんぜん足りない二人
「はじめまして、真山優子です。
 前住んでたところがド田舎で、流行りとかこの辺りの事とか全然知らないので、良ければ教えてください。宜しくお願いします」

 そう言って微笑む優子の頬は、チークで淡い桃色に染まっている。雑にパツンと切られて長らく放置されていた黒髪はよく手入れされていたし、目元も最低限の化粧が施されていた(流石にカラコンを入れる度胸は無かった)。

 そう、優子の被った猫皮は“色々と疎い清楚系”だった。
 これなら流行りを知る努力も、化粧に気合を入れる必要も無い。無駄に正義感を燃やさなければ、せいぜいカーストのど真ん中くらいには居られるだろう、と。優子はそう目論んだのだ。

 結果として、この作戦は大成功だった。
 クラスメイトは清潔感がある彼女を見たまんま捉えたし、ナリを潜めた優子は事実ド清楚だったので、どこの層からも反感を買わずに済んだ。

 ただ一つ、懸念材料が出来た。

「いやぁ、遠野も可愛そうだよね。せっかく優子みたいな可愛い子が転校してきたのに、腹下して休みとか」
「遠野?」

 体育の授業、偶然ペアになった派手な男が、ぽろっと知らない男の名前を出してきたのだ。

「そーそー、遠野雪矢。
 この学年で1番のイケメンで、腕っ節も口論も馬鹿みたいに強いの! んで頭も良い。完璧マンってやつ? 才能あるやつって良いよなー、羨ましい」

 遠野雪矢。
 多分、カースト最上位に位置する男。
 クラスカースト上位の派手男が手放しで滅茶苦茶に褒めるので、まぁヤンキーなんだろうな、と思ったら、そうでもないらしい。

「遠野くん? あの人ね、すっごく優しいよ。あたしも向こうに座ってる前山くんも微妙な時期に転校してきたんだけどさ、すぐに話しかけに来てくれて、みんな誘ってカラオケとか連れてってくれたもん」

 彼女は葉山光。優子が目指すカーストど真ん中に位置する女の子で、彼女と関係が拗れている子は居ないレベルの良い子。ただ、良い子で止まっているからカーストは真ん中。

 話題に出た前山響は、どちらかといえばカーストは下の方。ボリュームのある天パの黒髪をしているから分かりにくいけど、顔自体は綺麗な方だと思う。ただ、絶望的に愛嬌が無い。誰が話しかけてもツンとした態度を崩さない。

 それでもいじめに発展していないのは、ひとえに前山の顔と遠野の存在のおかげらしい。遠野と前山は仲が良いから、前山に何かすれば、自動的に遠野を敵に回す羽目になる。と、そういうことらしい。

「今日来てたら優子ちゃんももっと馴染めたかもねー。ま、今でも十分馴染めてるか!」
「あはは……」

 快活に笑う光をよそに、優子の心は曇っていく。

(つまり、ソイツに嫌われたら私の学校生活が終わるって事でしょ? なのに比較的騙されやすい初日に彼はおらず、その耳に入るのは伝聞の私のイメージ……)

 ゾッとする。
 優子は他人の偏見フィルターが大嫌いである。だからこそ今周りは騙されてくれているのだが、それはそれとしてイメージで他人を語るのは最低だし、許されないと思っている。

(最悪だ)

 けれどそういう“真面目っぽいこと”はもう二度と表立って言わないと誓ったし、目の前の光は比較的偏見フィルターが薄そうな子だから、そもそも内情を吐露しても意味が無い。

 優子はモヤモヤを抱えたまま、翌日を迎えた。
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