愛執身ごもり婚~独占欲強めな御曹司にお見合い婚で奪われました~
私、毛利菜緒(もうり なお)は生まれてこのかた二十八年間、父に怒られた記憶がない。
いや、父だけではなく母にも祖父母にも、歳がひと回り以上離れた兄にもだ。

両親が歳を重ねてから生まれた末っ子である私は、家族から甘やかされて育った。
友だちと食事に行けば帰りは必ず誰かが駅まで迎えに来てくれるし、ショッピングに行けば新しい洋服を買ってくれる。未だに子ども扱い。

幼稚園から大学までエスカレーター式の大学付属校に通い、大学を卒業してからは実家の料亭で仲居として働いている。
食べたいものを食べ、着たい服を着て、なに不自由なく家族に愛され、実家でぬくぬく暮らしてきた。

だからきっと父はこのお見合いの件だって、私がゴネれば引いてくれるんじゃ……。


「私、やっぱりまだ結婚するには心の準備ができていないし、そういう気持ちでお見合いするのは相手の方に失礼だと思っ」
「とにかく、粗相のないように。着付けは母さんに頼んでおいたから」


私の反論になどまったく聞く耳を持たず、言葉を途中で遮った父は席を立った。
そのまま私の横を通り過ぎ、襖を開けて部屋を出ていった。


「ま、待ってよ、お父さん……」


いつも優しい父が話も聞いてくれず、目も合わせないなんて。
冷たい態度がとてもじゃないけど信じられなくて、ぽかんと放心したまましばらく動けなかった。


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