愛執身ごもり婚~独占欲強めな御曹司にお見合い婚で奪われました~
部屋を後にして、帳場の父に渡そうかどうか迷って歩きながら、気になってこっそり足を停めて二つ折りの紙を開いてみた。

すると、メッセージが書かれていた。


〝結婚されると聞きました。私が菜緒さんのお相手になれなかったことをとても悔やんでいます。藤井〟


目を通し終え、その手紙をもとの通りにきっちりと折り目正しく畳む。

……これは、父に渡さなくていいよね?
どうしよう、意識してしまって今夜は接客しづらくなった。
今読むんじゃなかったと後悔したけれど、仕事は放り出せない。


「失礼いたします」


オーダーを受けたファーストドリンクを配膳しにお部屋に入る。
一杯目のビールはお酌する決まりになっているので、私はふたりの前にグラスを置くと、瓶ビールを持った。


「行政の関係者から、あそこの土地が資金回収のために抵当に入っていると聞いたよ」


私に気兼ねなく仕事の話を続ける藤井さんのグラスに、瓶ビールを傾ける。


「あそこはアクセスもいいし、見晴らしもいい上に病院もコンビニも近くにある。マンションにしたら最高の立地だ」


今度は藤井さんのお連れ様側に回り、私はビールを継いだ。

藤井さんはこれまでにもよく、資金回収のために抵当に入れている土地の売却情報を取引先と話しているようだった。
お連れ様は恐らく不動産会社の方か、建設会社の方だと思われた。
どこかに新しいマンションが建つのだろうか。

藤井さんはお連れ様との会話に夢中で、手紙に関して意識させるようなことはなかったので、私は胸をなで下ろした。

それからコース料理を冷めないうちに運び、食べ終わるタイミングを厨房に知らせる。
気を遣う仕事だけれど、もうあと少しで夜の仕事はできなくなるんだなと思ったら、より正確に丁寧さに心がけて動けた。

藤井さんたちを見送って、毛利亭が閉店し、帰宅する頃には十時を回っていた。


「お疲れ様でした」


仲居の仕事仲間に挨拶し、毛利亭を出る。
藤井さんからもらった手紙は、どうしようか迷った挙げ句ジーンズのポケットに仕舞った。

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