コミュ障
企画が動き始めて二週間が経った。




大まかなストーリーは決まり、各部署に伝達されたのが一週間前。




ここ一週間は実際にゲーム内に表示される文章を打ち込み、大まかでしかなかったストーリーをしっかりと文章化していく作業で忙しかった。




久しぶりに残業を増やしながら疲れも溜まってきたある週末。




私は会社の中を走っていた。




遡る事数分前。




朝礼で各担当の会議があると言っていたのにも関わらず、自席で高村くんと話していた阿部をジト目で見つめていると、返ってきたのは阿部の楽しそうな笑顔だった。




「ねぇ、なんで真中ここにいるの?会議でしょ?シナリオ担当さん」




からかうように笑われ、一瞬なんの事を言っているのか分からなかったが、すぐに私は勢いよく席を立ち上がることになってしまう。




今まで担当は阿部で、会議の時間という概念すらなかった私は、自覚が足りなかったと猛省しながら会議室に向かっているのである。




会議室の前にたどり着いた私はちらっと腕時計を確認した。




時間はギリギリ。




怒られはしないだろうけどもう少し早くたどり着いてるべきだ、と自分で自分を戒めて息を整えてから入室する。




既に揃っていた人間からの視線に晒されるが、それも俯いて避けながら空いている席を探した。




「んんっ、これで全員だね。少し早いけど始めようか」




これ見よがしに進行であるディレクターが私を見てから話し始める。




「まず進捗確認から・・・各部署ごと簡潔に報告をお願いします」




はい、とまずはキャラクターのデザイン部門が話し始め、次にその隣の音楽部門が話し始めた。




しまった、と自分の席までの順番を数えていく。




会議が阿部の仕事だと思っていたから何をすれば良いのかも分からない。




さらに言えば、自分までの残り三人の中で纏められる程話すことは得意じゃない。




上手く周りの言ったことをシナリオ部門に置き換えようとも思うが、そもそもそんな柔軟な対応が得意でもない。




つくづく自分の能力の無さが嫌になる。




そんな後悔という無駄な時間に頭を回していたせいで私の順番が回ってきてしまう。




焦れば焦るほど上手く思考が回らなくなっていき、私の順番で立ち上がった時、頭の中は真っ白であった。




焦って詰まりながら早口で捲し立てていき、座り直してからも自分が何を言ったのかは全く覚えていなかった。




阿部ならもっと上手くできたはず。




そう考えて自分が更に嫌になっていった私は、会議が終わってそれぞれが会議室から出ていくのをまるで絵画を見ているかのようにぼんやりと別世界を見つめていた。




私のノートは会議のメモが取られていたが、特に重要でもなさそうな情報だけが汚く書き殴られており、私はそれを見てまた溜息を深く吐いた。




全くもって嫌になる。




私はシナリオを、物語を書ければそれでいい。




サポートではなく担当になれたことは純粋に嬉しくも思っていたが、それに付随してこういった嫌な役割が増えてしまう事は、ストレスにもなっていた。




会議での失敗、そして何か大切な情報を聞き逃してしまったのかもしれないと落ち込んだ私は、とぼとぼと自分のデスクまでゆっくりと戻っていった。




だから、戻った時に阿部が高村くんと楽しそうに雑談をしているのを見てどうしようもなく苛ついてしまう。




自分でもビックリするほど乱暴な音を立ててノートを置いて座り直した私は、手に付くはずもないのにパソコンを開いて指を動かし始めた。




阿部と高村くんが私を見ながらひそひそと話しているのもなんとなく分かっている。




でもだからといってなんだというのだ。




言い訳をしたりする気もないが、話をしに行くような事もできない。




周りが思うより私は何もできないし、余裕もないのだ。




会議の最中から何度目か分からない溜息を吐いていると、私の隣に誰かが立つ気配がした。




「真中さん、少し良いですか?」




声を掛けられた方をゆっくり見上げると、そこには身長も高くスタイルもいい女性が立っていた。




さらに言えば私はその人を知っている。




知っているというより、さっきの会議室にいたような気がする。




「あの、さっき私が会議で言ったことについて確認したいんですけど」




返事もなくただ見上げていたからか彼女は話しにくそうに声を掛けてくるが、私の頭はそれどころではなかった。




さっき会議で言ったこと、というのが頭に浮かんでこないのだ。




そもそも、彼女が誰なのかも正直分かっていなかった。




「野々宮さんだ!俺の時はこっちまで来てくれないのに」




内心でどう話を合わせようかと頭を回していたところに、阿部の脳天気そうな声が聞こえてきた。




「・・・私は今真中さんとお話ししてるんですが」




「それもう贔屓じゃん・・・俺が担当してる時は「絵を描くのが忙しい」って言って社内メールで済ませる癖に」




ふざけた話は正直苛つきを増幅させるだけであったが、阿部は今いい事を言ってくれた。




どうやら野々宮さんというこの方はイラスト、デザインの担当らしい。




これならまだなんとかなる。




「うるさいですね・・・。それで、真中さん。会議の時言ってた主人公親子の服飾品なのですが」




「・・・あ、えーっと・・・はい」




「シナリオ部分で明確に表現されていなかったのでどうしたものかと相談したいんですけど…真中さんは服装だとか服飾品って既にイメージしているものがありますか?」




服装。そう言えば私は全体のストーリーやキャラクターを考えてはいたがそういったことには全く思考が回っていなかった。




「・・・あ、えーっと・・・あんまりそこはまだ固めていないというか」




「そうでしたか、こちらのデザインが先にいくつか仕上がっているので、参考までに置いて行きますね」




そう言って野々宮さんは紙の束を私のデスクに置いた。




パラパラとめくってみるとそこには一枚や二枚ではない数の候補が描かれており、それがどれだけ大変かも良く分かるほどの素晴らしい出来であった。




頭が下がる思いで私は野々宮さんを見つめ返す。




「・・・すみません」




「・・・いえ、構いませんから。こちらの進捗もあるので、できれば早めにイメージ固めていただけると助かります」




そう言い残して、彼女は頭を下げて立ち去っていった。




イメージを固めていないと誤魔化したが、本当のところを言うとそんな事を考えてもいなかった。




どんなストーリーでどんな成長をしていくのかというのが大事なのであって、そこにいちいち服装の事まで考えてもいなかったのだ。




だが、キャラクター化するという事はそこも決めないといけないのか。




というか、それはシナリオの担当でやる事なのだろうか。




「へぇ、めっちゃ分かりやすいじゃん。俺の時はこんな事しないのに」




笑いながら私のデスクから勝手に資料を持って行った阿部は、初めて見るその資料に興奮気味の高村くんと並んでパラパラと楽しそうに捲っていた。




「凄いですね・・・でもこれってシナリオライターが決める事なんですか?」




「いや?違うよ」




その高村くんの質問に対する阿部の答えは、私としても聞き流せなかった。




パソコンを見つめたままで意識は耳に集中させて彼の言葉を拾っていく。




「普通はディレクターとイラスト側で決めるんだよ。で、それが決まってから俺たちに知らされるの」




そうなんですか、とあまり理解ができていない高村くんに笑いながら阿部が説明を補足した。




「例えばさ、「主人公が腰につけた剣を引き抜いて掲げた」って一文を入れるとするじゃん。でもイラストが腰じゃなくて背中に剣を付けてる絵だったら齟齬が生じるだろう?だから共有するんだけど。こうやって候補を挙げて俺たちに決めろって言うのはかなり珍しいかなぁ」




「そうなんですか?」




「あぁ。だってこっちでシナリオやってる合間に決めようとかにして遅れたら、向こうは何に決定したか分からないから仕事の進めようがないだろう?」




なるほど。確かに言う通りだ。




だから野々宮さんは私に早めにと釘を刺したのか。




阿部が当然のことのように話した事も私は知らない。




その事実が私の心に影を落とす。




もしかしたら野々宮さん、引いてはイラストの部署全体で私に不満があるのかもしれない。




阿部に比べて他部署との連携も取れていなかったし、先ほどの会議ではあの体たらくだ。




気を遣ってくれたのかもしれないから、最優先でイラストは決定しようとノートにメモを取っていると、また私のデスクを人の影が覆った。




声を掛けられる前に顔を上げると、そこには先ほどの野々宮さんと同じように会議室で見た男性が立っていた。




「真中さん、プロローグのß版って既に確認されましたか?」




「今度はプログラマー陣か、今日は忙しいねー」




楽しそうに笑って話す阿部を互いにスルーしながら話を進めていく。




どうやらテストで作ったプロローグ部分で文字数が上手く合わず一文字だけ次のページに改行されてしまったりということがあったらしい。




見栄えが良くないので文字数を違う表現などで調整できないかという事であった。




「あ、これ・・・前回まで似たような修正点の時どう直したかっていう資料なんで。良かったら」




そう言って彼はUSBを渡してくれた。




わざわざ修正をどうしたらいいかという参考までくれるなんて本当にありがたい。




「・・・すみません」




「・・・いえ、構いません」




 少しだけ目を細めた彼は奥歯に物が挟まったような態度のままで頭を下げて自分の部署へと帰っていった。




今度は入れ替わりに直ぐ人がやってくる。




どうやらまた阿部の知り合いらしい彼女はゲームのシステム担当らしい。




「あの・・・真中さん。第二章から第三章に移るときなんですけど、怪我を治すために次の街に行くんですよね。ゲームはクリアしないと次には行かないのでどうゲーム部分を終わらせるか相談したいんですけど」




「・・・あ、はい」




「来週でいいんですけどね。シナリオが根幹ですしきちんと準備してからの方がストレスが少ないと思いますし」




ありがたい言葉だ。




そういったところは考えていなかったし、その場でなんとかできるほど私の脳はうまく回ってくれないのだから。




早く決めた方が彼女らも楽なのは間違いないのに。




本当にありがたい。




「・・・すみません」




「いえ」




なぜか面白くなさそうに鼻を鳴らした彼女も足早にデスクを離れていく。




これで三人連続の来訪だ。




阿部が担当してる時こんな慌ただしそうにしていただろうか。




悲観的になりすぎなのかもしれないが、口から出る溜息を止められる事もない。




結局この日、そしてそこからの一週間、私のデスクにはひっきりなしに人が来ることになってしまった。
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