谷間の姫百合 〜Liljekonvalj〜
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「……ドローイングルーム(ここ)は、私たち婦人が気兼ねなくおしゃべりに興じるためのお部屋よ。突然押しかけてくるなんて、私の兄といえども不躾(ぶしつけ)だと思わなくて?」

いきなり「乱入」してきたラーシュを、リリは(たしな)めた。

「私の愛する人を、私の妹が独占して離さないものだから仕方なく来たんだよ。そしたら、彼女の口から信じられない言葉を耳にしたものでね」

リリと較べると灰色がかった金色の髪(アッシュブロンド)であるが、まるで紺碧の海を思わせるディープブルーの瞳を持つ美しい青年は、まったく気にも留めず部屋の中央までつかつかとやってきて、エマの隣に身を落ち着けるのかと思ったら、長椅子(ソファ)肘置き(アームス)に腰を掛けて長い脚を組み、姿勢良く座るエマの後ろの背凭(せもた)れに片手を置いた。

「まぁ、英国のパブリックスクールとやらでは、そんな不安定なところも椅子として認めるのね?」

リリは形の良い眉を片方だけ持ち上げ、皮肉たっぷりな口調で(とが)めた。

「あらあら、二人とも……もう()してちょうだいな。ラーシュ、確かにグランホルム大尉はご立派で素敵な方だと思うけれども、私の旦那さまになるのはあなた以外には考えられないわ」

エマがふふふ…と笑いながら制する。
ラーシュの婚約者になって、初めてこのような光景を見たときにはさぞかし肝を冷やしたものだが、今ではすっかり慣れた。この兄妹は(じゃ)れ合っているだけなのだ。

いくら「それなりの教育」を受けて紳士(ジェントルマン)淑女(レディ)の顔をしていたとしても、彼らはやはり貴族たちがいうところの「金はあっても庶民の端くれ」だった。到底、Hedrande(貴族の子女)にはなれない。


愛しくてたまらないというふうにエマを見つめるラーシュと、そんな彼を屈託なく見つめ返し幸福そうに微笑む彼女。

それぞれの父親にとって「商売」の益になるために縁組された二人だが、今では互いに心の底から愛し合っているのはだれの目から見ても明らかだ。彼らは来月、結婚式を挙げる。

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