氷の美女と冷血王子
時間を気にすることもなく、自由気ままな外出はそれなりに楽しかった。
もちろん、孝太郎からの着信もメールも気にはなっているけれど、答える勇気がないまま1日を過ごした。

「さあ、夕食はどうしよう」

会社を辞めて身を隠していることは母さんにも言っていないから、実家に帰るわけにはいかない。
でも、買い物ついでに早めのランチを食べてしまった私は夕方の6時でお腹ペコペコ。
1人でお店に入ろうかな?それとも何か買って帰って

ん?

その時、前方に見覚えのある人影を見つけた。

あれは確か・・・

孝太郎同席の会議で何度か顔を合わせた営業の・・・髙田君。
確か入社2年目の若手。
営業部長の評価も高い期待の新人だって聞いた。

何しているんだろう?

私が気になったのは、ただ見知った顔だったからではない。
その行動が目をひいた。

髙田君がいるのは駅地下の公衆トイレの前。それも女子トイレ。
その前を、さっきからウロウロして時々中を覗こうとしている。
かなり怪しげ。
このままじゃあ、通報されてもおかしくない。


「あの、髙田君?」
ツンツンと肩を叩き、私は声をかけた。

「あ、あっ、青井さん」

どうやら髙田君も私の顔を覚えていてくれたらしい。

「どうかしたの?」

「同僚がトイレに入ったまま出てこないんです」

え?

「同僚って・・・」

「同じ営業の鈴木一華です」

「鈴木一華さん?」

「はい」

そう言えば、髙田君は同期の女の子と組んでいるんだった。
鈴森商事では珍しく若い女の子の営業で、ガッツのある子だって噂。
『鈴木と髙田がそろえば、どんなベテランにもひけをとりません』って山川営業部長が言っていた。

「青井さん。申し訳ありませんが、中の様子を見てきていただけませんか?」

そうか、男の子が女子トイレに入るわけにも行かないものね。

「いいわよ」
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