氷の美女と冷血王子
「あんたは専務さんの方がいいみたいね」

「・・・」
口を開けたまま母さんを見てしまった。

さすがというか、鋭いというか、母さんは気づいていた。

「もう少し、身近な人なら良かったのに」
「え?」

「鈴森商事の御曹司とでは、さすがに無理でしょう」
すでにだいぶ酔いがまわった母さんが、1人妄想を始めている。

「そんなこと、思ってもいないって」
ただ少し、ほんの少しだけ気になっただけ。

「そお?」
「そうよ」

恋愛トラブルなんてこりごり。
穏やかに、目立たず、そっと生きていきたいと本気で思っているのに。

「麗子、いいことを教えてあげる」
「何?」
「専務さんもあんたのことが気になっているわよ」
「はあ、ないない」
ありえない。

昨日はたまたま私の素性を確認したくて来ただけで、それ以外の意味はないはず。

「間違いないわ」
「もー、母さん」
冗談はやめて。

「じゃあ麗子。あんたはなぜ専務さんはあんたが気になっていないって思うの?」
「それは・・・」
「それは?」

「ちっとも楽しそうじゃなかったし」

ニコリともせずに話していたし、目が笑っていなかった。

「麗子の見た顔があの人の本当の姿だとは限らないでしょ?ただシャイで、うまく笑えないだけかもしれないじゃない」
「それはそうだけれど・・・」

確かに、母さんの言う通りかもしれない。
たった数度しか会っていない孝太郎さんの事を、私は何も知らない。
できればもう一度、会ってみたいな。

「ハハハ」
突然母さんが声を上げて笑った。

「何よ」
「あんたのそんな顔が見られるなんて、明日は雪かしら」
楽しそうな母さん。

私は答えるのをやめた。
これ以上言えば、母さんが喜ぶだけだわ。
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