氷の美女と冷血王子
「今だからこそやるべきだと私は思いますし、今がチャンスだとも思いますが」

ここ最近、景気が良くないせいもあって会社の業績はいいとは言えない。
利益が上がらず苦戦もしている。
しかし、それは他社も一緒。苦しいのはうちだけじゃない。
どちらかと言うとよく持ち堪えると思うし、一番苦しい山は超えた感じがある。
だからこそ、反撃に出たい。
今までにない新しい事業に手を出して、起死回生を狙いたいんだ。

「専務、机上の空論では事業は立ち行かなくなりますよ。会社が背負うリスクをお考えですか?」
いかにも数字に強い副社長らしい発言だ。

「もちろん、リスクについては承知しているつもりです。しかし、こんな時だからこそ、新しい事業に手を出すべきだと思います」

河野副社長の心配もわからなくはない。
今回の事業計画は今までにない新規の取引先だし、そういう意味での不安は俺にもある。

「確かに現状を打破する何かが必要なのはわかりますが、あまりにもリスキーです。取引先も新規のベンチャーだそうじゃないですか?」
なんだか小馬鹿にしている顔。

新しい事業。新規の取引先。
相手の会社がまだ成長過程の企業なのも承知している。
考え方の古い副社長にはなかなか理解できないかもしれないが、それについては時間をかけて話し合ったはずだ。
今か、半年後か、1年後か、いずれにしても必要な仕事なのに、

「今だからこそ、攻める価値はあると思います」
好き嫌いは別にして、会社の為にと力説した。

「リスク回避は?」

副社長はやはりそこが気になるのか。
新しい事業にリスクは付きものだが・・・

「専務が責任を取られるんですか?」

え?

「それは」

「それだけの覚悟がおありなら、私は止めませんが・・・」

結局それが言いたいらしい。

「いいですよ」
無意識に口をついて出ていた。

「専務っ」

焦ったような徹の声が聞こえたが、それに応える余裕は俺にはなかった。
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