氷の美女と冷血王子
「座って」

なかなか返事をしない私に、専務がソファーを指さす。

いや、でも、
できることなら私は帰りたい。

それでも動かないでいる私に、
ピッ。
もう一度ソファーを指さす専務。

「はい」
こうなればおとなしく座るしかない。

この人は勘の鋭い人だから、きっと私の行動が怪しいって気づいたんだ。

「何でカバンを抱えている?」
「えっと、それは・・・」

ツカツカと、専務が私の元へ歩み寄る。

マズイ。

カバンを抱え直そうとした瞬間、

「あっ」

専務の手の方が早かった。

隠すものがなくなりあらわになったスーツのシミ。
恥ずかしくて、情けなくて、私はただうつむくしかなかった。


「どうしたんだ?」
専務の声が、少し怒りを含む物に変わった。

「・・・」
私は答えなかった。いや、答えられなかった。

「言わないってことは何かあったってことだな」
「いいえ、それは違」
「嘘をつくんじゃない」
鋭い口調で、言葉を遮られた。

マズイ、専務が怒っている。

「何があったか言えよ」
「・・・」

「徹に調べさせようか?」

「・・・やめて」

自分でも泣きそうな顔をしているのがわかる。
でも、言えない。

「何で、1人で抱え込もうとする?」
「・・・」

「俺は、そんなに頼りないか?」
「・・・」

頼りなくなんてない。
どちらかというと私の方が、誰かに頼るってことに慣れないだけ。


いつの間にか、私はギュッと唇を噛みしめていた。
< 71 / 218 >

この作品をシェア

pagetop