氷の美女と冷血王子
「仕事にならないなら帰ってくれ」

それは、静かだけれど厳しい言葉。

私はその場に固まった。

こんな醜態、秘書として最悪だ。
いくら突発的なアクシデントがあろうとも、仕事に影響するようでは社会人として失格だと思う。

「事情はどうあれ、やるべきことはしてくれないと困る」
「はい」
正面から顔を見る勇気がなくて、足元を見つめた。

誰が聞いても専務の言っていることが正しい。
覚悟の上で自分の上司と寝たなら、仕事だけはきちんとするべきだ。
それなのに・・・


「どうかした?」
ノックをすることもなく徹が入ってきた。

「呼んでないぞ」
不機嫌全開の専務。

「朝っぱらから部下が𠮟責されていたら気になりますね」
悪びれる様子もなく堂々としている徹は、図々しくさえ感じる。

こんな態度に出られるのは幼馴染だから?
いや、それだけではない。
徹の有能さを知っているから、専務は決して徹にはキレない。
そんな事情を知ってか知らずか、徹も遠慮なく進言する。
この2人には絶対の信頼関係がある。

「もういい、会議に行ってくる」
私のことなど振り返ることもせず、専務は部屋を出て行った。

「行ってらっしゃいませ」
頭を下げ専務を見送る私。


「フッ」
専務の背中が見えなくなった途端、徹の表情が変わった。
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