『彼の匂いを消す方法』:検索


 ***
シックでラグジュアリーな空間をコンセプトにした本格的なBARで、奥のテラス席には大きなソファで夕暮れが落ちるのを眺めることもできる。
 飛び込みにもかかわらず、そのテラス席が空いていたので通してもらった。

 バーの中の多種多様な香りは、決して好きではない。
 でも居酒屋やカラオケでコートに煙草の匂いが染みつくよりは、BARで香水や酒の匂いが移った方がましに思えた。

 でも空間が広いせいか、バー自体の匂いがいいせいか、ここに何時間いたとしても彼の匂いが消えない気がした。

 アプリコットオレンジのカクテルを混ぜながら、『彼の匂いの消し方』を携帯の画面に入力して検索しようと血迷っていた時だった。

「お隣、いいでしょうか」

「……」

 手元の液晶から視線は移さずに、カクテルに手を伸ばして拒否するように氷同士のぶつかる音を大きく立てた。

なのにナンパ野郎は私の許可が下りていないのに観葉植物を挟んで隣に座った。

「こんなに綺麗な女性が一人でこんな場所に来たら駄目じゃないでしょうか」
「そうですね。貴方みたいな変な人が寄ってきますしね」
 検索を押すか押さないか迷って、アプリゲームをタッチして逃げた。

「てか、貴方誰ですか」
 彼の匂いを消したいだけ。
 彼のすべてを置いてきたいだけなのに。

「自称イケメン御曹司、そしてあなたのことを一目ぼれしてずっと大切に思っていた者です」
「……ふうん」
 飲み干したグラスをぶつけたくなるほど臭い台詞。

「そんなに大切に思ってくれる人に早く出会ってたなら、一日放置される女にならなかったはずなんだけどなあ」
「一日放置?」

 大げさに驚かれたので、グラスを投げようとしたら頼んでおいた二杯目のカシスオレンジがタイミング悪く届き交換してしまった。
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