春の闇に連れ去らレ

男の溜息が聞こえた。

「分かった、伝える」

頭を上げる。男と目が合う。

「おめでとう」

自分に言われた気がして、数秒考える。

「ありがとう」

緤が興味なさげに返して、誕生日おめでとうの意味だと知った。
「明日だけどな」と付け加える。

男はリビングから出ていく。あたしの行き先が決まったらしい。玄関から、ここから、出ていくと昨夜は思っていた。

「妖怪湿布女、離れろ湿布臭い」
「あ、はい……」

自分からヘッドロックしてきたのに、と口には出さない。あたしはソファーの端に寄った。

窓の外が暗くなる。
見ることのなかったはずの、二日目の夜景だった。

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