消えた卒業式とヒーローの叫び

 するとまた、隣に置いたスマートフォンに光が灯り、軽快な機械音が部屋に響き渡る。私は慌てて、(かじか)む手で応答ボタンに触れる。


「もしもしお母さん⁉ 日彩は大丈夫なの⁉」


 日彩に何かあったのではないか、容態が急変したのではないかと、嫌な予感ばかりが浮かんで止まらない。

 電話の向こうは静かだった。只ならぬ気配を感じ、私の心臓がさらに早鐘を打つ。すると、予想よりも遥かに低い声で、あー、と返ってきた。

「悪い、俺だよ、上原康助」

 私は一瞬心臓が止まったかのように思えた。自分が予め考えていた結果と全く違うものになった場合、人は思考が追いつかないのだと知った。


「う、上原くん……?」

 拍子抜けしたように少し高い声が出る。私は最初の言葉を誤魔化すように涙を拭き取り、鼻を軽く啜った。

「ああ、いきなりごめん。それより、妹がどうかしたのか? 大丈夫か?」

 なぜかその声は、胸に染み込んでくるほど優しく温かいものに感じられた。友達のいない私からすると、話を聞いてくれる相手なんて家族のみ。

 どうしたのかと心配してくれる人がいることの嬉しさと、このとてつもない不安を誰かに吐き出したい思いが溢れ、また目を腫らし、嗚咽を上げさせた。

「ひ、日彩が、救急車で運ばれて……。死んじゃうかもしれないって思うと、怖くて、どうしようもなくて……」

 すると電話の向こうで、何かを倒したようにがたんと音がする。声はしないため何が起こったのかわからず、私は耳を澄ませた。



「今どこにいる」

 私の言葉に対する感想は無く、優しい低い声が何やらガサゴソと雑音と共に聞こえてきた。

「え? い、家だけど……」

「分かった、すぐ行く」

 上原くんが何を考えているのかわからなかった。いや、わかっていたのかもしれない。

 ただそれを信じることができなかった。期待しても、勘違いだったり、裏切られる可能性はいくらでもあるのだから。

「い、行くって、こんな時間だし、それに住所だって……」

「時間とか関係ない。小学校同じだっただろ、大体の場所はわかる。ちょっと待ってろ」

 その言葉を境に、電話は切れた。画面の時計を見ると、二十一時を指している。

 私はほんの少し冷静になり、涙で酷く汚れた顔を洗いに行くため、液晶タブレットの電源を落とし、部屋を出た。


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