愛妻御曹司に娶られて、赤ちゃんを授かりました
「わかった」

小さな声だ。しゅんとうつむくと咲花は頼りなく見えた。

「もう一度考えてくる。結婚について」

夕食を、なんて空気ではなくなってしまった。そうしたのは俺だったけれど、やはり咲花のことは、幸せにしてやりたいのだ。
俺が相手で咲花が苦しいなら、俺から解放してやるべきだろう。

「今日は帰るね」

俺が捕まえたタクシーで咲花は帰っていった。


高校時代、咲花とはあまり会わなかった。彼女は女子校に進んだし、そのままエスカレーター式で女子大に進むことが決まっていた。数ヶ月にいっぺん親同士の食事会などで会うと、いつも率先してお喋りをして周囲を和ませようと尽くすタイプだった。この前の婚約式もそうだ。

咲花はいつも周囲を見て、自分ができる最大限のホスピタリティでもてなさなければと考える。芯が強く、自分をはっきり持っているせいか、敢えて自分を前に押し出さないように努めているように見える。

そんな咲花の気の遣い方を、俺はどこかで心配していた。
いつだって自分は後まわし、譲れるものはどんどん譲ってしまう。咲花は損をしてしまうのではないか。友人同士や学校で、嫌な役割を押し付けられても、きっと咲花は「私なら大丈夫」と受け入れてしまう。

咲花には優先したいことはないのだろうか。
何かを得るために人を蹴落とすなんて絶対にしないだろうけれど、時には欲を出してほしい。
自分を優先してほしい。あの老猫を拾った時のように。

咲花の無邪気な笑顔が好きなのだ。愛らしく華やかな咲花。名前の通りぱっと美しく咲いたバラの花のような咲花。
咲花にとって、俺との結婚が無欲の象徴みたいに思えてしまうのは、俺が脛に傷がある状態だからなのかもしれない。だけど、我慢させたくはないのだ。
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