電話のあなたは存じておりません!
 さっきの微笑とは違う、作り笑いで副社長が私を見る。少しだけ彼との距離を詰め、見上げる。私より二十センチは背が高い。

「あの。失礼を承知でお伺いします」

「はい」

 制服のスカートを握りしめながら、私は率直に尋ねる事にした。

「私に何度も電話を掛けてきたのは、あなたですか?」

 その途端、ゆっくりと笑顔を消して、副社長は真顔になった。その彼と正面から見つめ合う。

 私は緊張と幾らかの畏縮から、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 ポン、と聞き慣れた機械音がして、エレベーターの扉が左右に開いた。

「さ、副社長、参りましょう。専務がお待ちです」

 手で指し示す秘書さんに「ちょっと待って」と言い、副社長は私を見て穏やかに笑った。目を細め、ハハ、と白い歯を覗かせる。

「バレちゃったか。さすがは芹澤さんだ」

 ドキッと心臓が強く打った。そのまま飛び出しそうな気がして、咄嗟に胸を押さえる。

 何て破壊力のある笑みなんだろう。

 一瞬にして、顔の中心からぶわっと熱が広がった。

 目の前の彼をこれ以上は見ていられなくなって、私は俯いた。

 一度開いたエレベーターの扉がゆっくりと閉まり始める。
< 25 / 36 >

この作品をシェア

pagetop