電話のあなたは存じておりません!
「芹澤さん、今夜予定は?」

「と、特に……これと言っては」

「じゃあ食事に誘っても?」

「……あ、はい」

 電話を通した声ではない、生の声が気持ちをふわふわと浮つかせる。一度大きく打った心臓は、太鼓のように尚も私の内部で鳴り響いている。

「悪いが今夜の父との会食、パスと伝えておいてくれ」

「え、それは…幾ら何でも副社長…っ」

「大丈夫だから」

 急な予定変更に動揺する秘書さんを宥め、彼はエレベーターの上行きボタンを押した。

「それじゃあ芹澤さん、連絡待ってるから」

「……はい」

 程なくしてエレベーターが開く。

「ご案内致します」と笑顔で言いつつも、由佳が私に目で物申していた。後で説明しなさいよ、と安易に告げていた。

 三人が乗り込み、銀色の扉が閉まった。

「ちょ、ちょっと朱音ちゃんっ! 今の、なに??」

 受付から出てきた沙奈江が興奮して詰め寄るが、私は放心したままで暫くは何も言えなかった。

< 26 / 36 >

この作品をシェア

pagetop